お昼時の街を歩く苦悩
仕事を始めてから、平日のお昼時を歩くことは少なくなった。それでも、平日、いつも帰りは3時頃なので、街の中央の駅から家まではまだ人々が仕事している中を歩いて帰ってくる。
私が数年間ここに住んでいる間中、ずっと苦悩して、どうしても慣れられずにいることがある。
それは平日の、特にお昼時、街を歩いていて出会うのだ。それというのは、お昼休み中の男性労働者のかたまり。彼らは、様々な職業(例えば、道路工事、ビルの壁の掃除、ビルの修復などなそ)の人達だが、何といっても、体力を使う仕事ということで、圧倒的に男性職員が多い。
赤や黄色、青や緑のヘルメットをかぶり、お昼時になると彼らは天気が悪くない限り外の通りに向かって作業中の家の前の階段に座ったり、櫓が組んであればそこに腰掛けたりして数人でサンドイッチを頬ばったり、ミートパイとチップスにかぶりついたりしている。この、2人以上で通りに向かって座り、お昼を食べている彼らが、私は苦手で仕方がない。何故かというと、彼らの中には、もちろんサッカーの話に夢中になっている人達もあったりするがやはり男性が数人で通りに向かって座っていれば、目に付くのは、その目の前を歩く女性達だ(女性ではなくても通行人)。その前を歩く女性に対して、何となく、品定めをしている気がしてならないのだ。
確かに、若い女性が通れば、口笛を吹いたり、ブロンドの女性が通れば声をかけたり、何かと、ちょっかいを出す人がいるのだ。今まで私は、彼らに差別的な言葉を浴びせられたことはない。
しかし、ハイヒールを鳴らして歩けば注目され、石段に座った数人の男性が急に静かになったりすると全身が鉛のように重くなる気がして、右手と右足同時に出して歩いている気分になる。
無視、するのであるが、スカートなんか履いていたら口笛は吹かれるし、これが決して気持ち良くないのだ。私の心がもっと広くて、彼らに手を振って“おっす!”と言えるくらいの度胸があればいいが、それもなく、ただそそくさと、そこを立ち去る、歩き去ることしか私には結局いつもできないのだ。通行人が、数人いればいいのだが、そういう時に限って、自分独りだったりする。
彼らは、全くそれ以外の危害を加えるとか、そういうことはなく、ただ、正直に口笛吹いたりハワユー?と声をかけて、話したいだけなのだが、これだけでも私は重荷になって仕方がない。
遠くから気が付けば、わざわざ向かい側を通るようにしているが、毎日、毎日、しかも、誰もが必ず常に受けていることなのだから、避けてばかりもいられない。彼らは本当にフレンドリーで、それだけなら良いが、やっぱり、男の目から女を見ていると思うとこれは決して、素敵な、楽しい、ただ笑って過ごせる行為ではない気がしてくる。
# by yayoitt | 2005-04-11 21:20 | 英国暮らしって... | Comments(3)
この時季に馳せる思い
私は、この時季、一番、故郷に帰りたいと思う。なぜなら、故郷のお祭りがあるからだ。
私の故郷は、岐阜県は飛騨、高山から車で20分、歩いても3時間半(炎天下に歩いたことがある)、NHKドラマ、さくら の舞台の町である。
毎年、4月19、20日と、2日間にわたっての祭りがあるのだ。
子供の頃から一年の間で何が楽しみって、この祭りの2日間ほど待ち焦がれては日が近付くと眠れないくらい興奮する行事というものはなかった。今でも、この祭りに寄せる思いは同じで、不思議な(いや、当然!)ことに、古川の成人の友人知人誰に聞いても、私と同じくらい、幾つになっても祭りには興奮し、待ち遠しく待つと言う。
飛騨高山の祭りは、そのきらびやかな屋台とからくり人形で有名であるが、私は、高山祭りには、これっぽっちも思い入れはないのだ。何故なら、古川祭りにも、同じ様に屋台が並び、からくりや子供文楽なんかも屋台の上で繰り広げられるし、私の、そして、古川人の、最大のイベントというのが、別にあるからである。

これは、4月19日の夜、10時から始まる。“ お越し太鼓 ”と呼ばれるもので、古川町の男性達が、さらしを胸から下、腿まで巻いただけで大きな太鼓の付いた櫓(やぐら)を抱え上げ、また、その太鼓の上には2人が背を合わせて座り、その太鼓を打ち鳴らして、街を3時間半くらいかけて巡るのだ。

そもそも、4月19日深夜に、祭りの開始を告げる目覚ましの為に太鼓を打ち鳴らしたのが始まりといわれる。でも、私が子供の頃から知っている話は別にあり、元々は、街に夜毎現れては田や畑を荒らしていたいのしし退治、つまり、大きな太鼓の音で追い払おう、と太鼓を叩いて廻ったと聞いている。徐々に盛大になった起し太鼓は、幕末に加わった“ 付け太鼓 ”により、更に荒々しいものとなった。

ということですが、その付け太鼓とは一体何か?

お越し太鼓は、2人の人が楽に乗れるくらい大きな太鼓(メインの太鼓)に櫓が組み込まれて、下から何十人もの人々が担ぐ形の物である。このメイン太鼓を担ぐのは、古川町内の、更に分けられた町毎での単位であり、もちろん、縁起担ぎということもあり、また、一番目立つ役でもある為、どの町もメイン太鼓を担ぎたいと願うのだ。どうやってその役を決めるかは、くじ引きである。くじ引きで、見事、その年のメイン太鼓を担ぐことになった町は、更に、数人の青年を選び出す。メイン太鼓に乗る為の、いわゆる、主役選びである。選ばれた青年達は、とてもこれを誇りとしている。青年達、と書いたが、3時間半の間に数回の休憩があり、その度に青年は入れ替わるのだ。彼らは、特に最近テレビ取材や倍増した観光客、また家族や親戚一動の注目を一心に受け、太鼓を付くタイミングとか、その形というのが独特な為、常に緊張したままで、しかも4月中旬の飛騨といえば、雪さえ降ることもあるくらいで、じっと座ったままでは、それはそれは寒いのである。選ばれた彼らは、自ら、太鼓の“ ばち ”を作らなければならない。しなる柳の木を、自らの手で削り、その夜に晴れ舞台で使う、一本を作り上げるのだ。一昨年、私の両親の家の町がこの役で、私よりひと回りも若い幼馴染の Kくんが、この大役を与えられた。どうかと思って、祭りの数日前に尋ねてみると、家の中には、約8本の ばち(駄作)と、神棚に飾られた、その一本 があった。 

さぁ、その幕末に加わり、荒々しくなった付け太鼓、とは何者か?

その年、メインの太鼓を担ぐことの出来ない他の町の人々は、つまり、おもしろくない、のだ。縁起も良くない = 商売繁盛にも繋がらないのだから。そこで彼らにも、縁起担ぎの為、ある条件が与えられた。それは、その町ごとで、長い木の棒の真ん中に小さな太鼓を付けた、付け太鼓 を7~8人で担ぎ、その棒の先端を、何とか、メインの太鼓の櫓(やぐら)にタッチ=付くことが出来れば、その年は豊作!というのである。だから、彼らは必死になって、勢い良く、メイン太鼓を担ぐ裸の男達の固まり目掛けて木の棒持って突進していくのである、しかも、ひどく酔っ払っているのだ。聞いての通り、手洗い、危険なこととなってしまう。私が子供の頃は、毎年、怪我人やまた死亡する人までいたくらいで、観客の頭に棒が突進して来て巻き添いを食うこともあった。歴史上、幾度となく付け太鼓禁止令が出されているが、明治三十四年に解禁となってからは、付け太鼓により、更に勇壮なはだか祭りとなって、古川やんちゃ(やんちゃ=暴れん坊)により受け継がれてる。ここ数年で、観光客が以上に増えたのと、怪我人を出さない様にという取り決めが加わり私の知っている、それこそやんちゃな起こし太鼓ではなくなった。町の辻々(幅の広い四つ角を決めてある)で、やぐらのメイン太鼓をめがけ、次々と飛び出し、櫓に付けようとする付け太鼓と、それを阻止しようと跳ね返す櫓の後衛。うまく付けることのできなかった付け太鼓は、太鼓を頭上に掲げ、人波をかき分けながら、ワッショイ、ワッショイと掛け声勇ましく、次の辻へ先回りして櫓の来るのを待つ。幼い頃は、先にも述べたとおり、かなり荒いものであった為、怪我人が絶えずに、私は、父親が19日の夜に、さらしをその細い身体に、母の手によって巻かれる姿を見ながら不安で心配で、グズグズ、泣いたものだった。ある年には、その頃熱心に信じていた、プロテスタントの十字架の首飾りを、父のさらしの中にそっと入れ込んだこともある。

様々な感情と血の沸きあがるような、あの太鼓の響き、真夜中に、遠くから徐々に近付いてくると、いても立ってもいられない、また、その夜が、やってくるのである。
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# by yayoitt | 2005-04-10 04:20 | 遠くにて思う日本 | Comments(3)
ある営業マンの話 2
日本人の私達にとって、英語の発音の中には、使ったことのない 音 がある。それはもちろん、英語を話す人にとっても同じで、彼らには、日本語の 音 で、出せないものもある。
例えば、日本語の、鼻濁音(私が、これが、などの が は、“ガ”=虫の蛾 の音ではなく、鼻に掛けて出す ガ である)を、彼らはなかなか出せない、同じ日本人でも、現代の言葉の乱れによって、アナウンサーでさえこの ガ は使っていない人が多いのは事実であるが。
龍(リュウ)も、発音がしづらい 音 らしい。だから、涼子(リョウコ)は、どんなに頑張って注意して発音しても、リヨコ(RI-YOKO)となる。
英語で、日本語にない音、R(日本語のラリルレロの場合、LとRの中間、どちらかと言うとLに近い音)がある。

Vも、正しい発音は、日本語にはないので、この3つ(L、R、V)はいつも日本人を悩ます。

スコットランドの場合、Rは、舌を回して(つまり、おんどりゃぁ!と舌を回す感じ)発音するので、LとRの発音の苦手な私でも、舌を回してRを発音すれば、違いははっきりする。

また、英語には、ストレス(調子、抑揚)がはっきりとある反面、日本語はそれがない。だから、日本人の英語(日本語英語)は、本来の英語の様(流れる様)にはいかない。

また、日本語は1つの文字に対して1つの音を出す為、口に出す時英語にはある、発音しない音 というものもない。例えば、CASTLE(キャッスル)= この場合Tの音は発音しない、
THUMB(サム)= Bの音は発音しない

また、文章では、日本語でははっきり一言一言、一文字一文字発音するのに比べて、英語では、単語と単語、その前後の音(後の単語が母音で始まる時)をつなげて話す。例えば、HE IS AN AMERICAN ACTOR を聞いてみるとヒーズアナメーリカナークター という風に聞こえる。だから、英語の漫画や本を読んでみると、その音が活字になっていて、スヌーピーのライナスの吹き出しでは、WHAT DID YOU MEAN?を WHADDYA MEAN?と書いてあったりする。

ある営業マンの話...

彼は、電話でヨーロッパのお客さんとの対応に日々追われていた。ミーティングを頻回に開いては、それを顧客に説得したり、ナゴシエーションしたり、日常会話なら得意、という私などには、知らない英単語を山ほど知っていた。しかも、電話で相手の顔を見ずに英語で話す、その強さと努力には、とにかく頭が下がったものだ。ただ1つ、どうしても私が、聞く度に笑いをこらえなければならないことが、あったのだ。それを、その営業マンに伝えるべきか、どうか、かなり迷ったが、最終的に遠回しに教えることが出来た。

それは、彼が電話口で頻繁に使う AGREE アグリー(賛成する)の発音にあった。
AGREE は、アグリー の リー の部分にストレス(強調する)がかかる。
だが、彼はいつも ア の部分にストレスをかけて発音していた。
更に、R の発音が L の発音と同じである為、電話口で聞いている顧客にとっては彼が AGREE ではなく、UGLY(醜い)の方に聞こえるのだ。この ア A と ア U の発音自体が違うのではあるが、それに気が付くよりも、そのストレスのかかる部分、L と R の音によって識別される方が大きい為、UGLY の U を ア と発音していても結局は、一番その発音された単語に近いのは、UGLY となってしまう。

彼は、電話口で“ XX-SAN(日本の社長のこと),AGREE ”=“ XX社長は賛成です”と言っているのに電話で聞いている顧客には、“ XX-SAN,UGLY ”=“ XXさん、醜い”と伝わっている。幸いなことに、顧客は、彼との長年の会話の中から、彼の言わんとしていることを理解している為決して、彼が毎回電話で、XX社長は醜い と連発していたとは思っていないようだった。それでも、同じオフィスで彼の電話の会話を聞いている現地の人は、いつも 歯痒い 思いをしていた様だ。
# by yayoitt | 2005-04-09 06:07 | English | Comments(0)
ある営業マンの話
スコットランドの日系の会社で現在働いているが、実は、以前エジンバラで3年間いた時、後半の1年半は、この同じ会社で働いていたのだ。小さなオフィスだけの会社で、コンピューター上のストック管理や、日本よりの輸入をしている。その頃、一緒に働いていた日本人の営業マンがいた。彼は、日本の本社から、このスコットランド支社に転勤になっていて、私以外の日本人社員は皆、日本の会社の正社員であって、私だけが、日本人現地社員である。この営業マンの N さんは、現地の社員とのコミュニケーションをとても大切にしている人で、毎日、一生懸命に使い慣れない英語(家に帰れば日本人の奥さんと一緒で、どうしても英語に接する機会が乏しいか)で、伝えたいことを、出来る限り伝える、という感じの人だった。彼は、色々なスコットランドのことや文化、趣味、サッカーなどにも興味を持ち、それに関しても、一生懸命に現地の皆に話したり、聞いて廻っていた。

私が、一緒に仕事をしている間に、彼にまつわる、思い出しただけでも涙を出して笑わずにいられない、話は多く、今日は、そのうちの一つをご紹介したい。

ある朝 ......

Nさんが朝の光を背中に受けながら、窓辺に立っていた。

仕事が始まっても、何か考え事をしているらしく、ぼんやりしていた。

すると突然、

“ やっこさん、手に職を付ける って、英語でどういう風に言ったら良いんでしょうね? ”

私は、唐突な問い掛けに、それでも、手に職?う~ん、having qualification (資格をもつ)?と頭の中で考えていた。

しかし、その私の考えが言葉になって出る前に、彼は、スコットランド人の女性従業員(私と同じ年)の机の前に立っていて

“ Rさん、I think nowadays ... (Rさん、僕が思うには、今時のね...)”と話し出していた。

私は、彼が何を言いたいのか、分からなかったので、Rと共に真剣な眼差しを向けて、その言葉を聞いていた。

彼は、ウー とか、アーとか言いながらも、英語でこう言ったのだ。

I THINK NOWADAYS, IT’S VERY IMPORTANT 

FOR WOMEN HAND JOB.

私は、目を丸くして、!!!! 咄嗟にRの顔を見た。

Rの顔は、真っ赤になって、私を、笑うようなヒステリックな目で見返した。

ご説明しよう。

Nさんが言いたかったのは、

今時の女性は、手に職を持つことが大事だ、ということであった。

考えた挙句、彼は、手に職 で、直訳して HAND JOB(ハンドジョブ)と言ったのだ。

その気持は良く分かるし、前もって私に、手に職を英語で言うと...と尋ねてくれたので、私は理解した。

さぁ、では何故、私とRが、真っ赤になって、驚いたかと言うと...。

HAND JOB には意味があるのだ。

ちょっと、遠まわしにご説明したいが、ハンドジョブとは女の人が、男の人に、"手でしてあげること" なのだ。

(は?などと言わないでぇ、わかってるくせにぃ...失礼)

だから、Rが、面と向かってNさんから言われたことを日本語に訳すと “ Rさん、今の時代、女性に大切なことは、男の人への手でやってあげるサービスなんです! ”

瞳を見つめ、拳を握り、真剣な顔で、こう言われてしまったのだ。

混乱している彼女に、私は説明した、彼が本当に言いたかったこととは、でも、どうして ハンドジョブと言ってしまったかも。

今でも、これは私達の間では忘れられない Nさんの笑い話である。 
# by yayoitt | 2005-04-08 22:14 | English | Comments(22)
!! やっこから、繰り返しお願い !!
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最近、新聞にて報告されている動物虐待の問題の一つです。

↓ に載せたサイトを見て頂くと、詳しい情報がわかります。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520

残酷な写真や辛いスライド写真なども掲載されていますが、これが、まず、現実だということを、知って下さい。

そこで、私達に何が出来るか、それを早く防止したい、と思う方があれば、行動を起こせます。

行動とは、もちろん、募金などもありますが、この団体IFAW(International Fund for Animal Walfare) 国際動物福祉基金

では、署名を募るという形で、協力を呼びかけています。

世界で、どんな動物が、残酷な虐待を受け、人間の手でお金稼ぎの為に無意味な死を遂げているか、

辛い狭い、自由のない生活を強いられているか、又は、絶滅の危機に瀕しているかがわかります。

私がこのサイト(団体)を知るきっかけになったのは、先々週のある朝、仕事に行く時にいつも読む新聞です。

その記事が目に入った時に、すぐに伏せて思わず泣いてしまいました。

カナダでの、アザラシの赤ちゃん猟 の話です。

つまり、アザラシの赤ちゃんの 皮を使ったりする為に、アザラシの赤ちゃんを大量に虐殺しているのです。

そのやり方は、とても残虐です。棒で叩きながら、生きたまま、皮を剥ぐ … 。

これ以上、書きません。

この記事を2日連続で見て、自分に何が出来るか、ネットで検索しました。

ワールドワイドで、沢山の、動物愛護の団体があります。

その中でも、過激派、というか、テロリスト化したのもあるわけですが、そういうのではない、とてもいいサイトを見つけました。

早速、メンバーになって、カナダ政府に向けての投書を送りました。

この団体は、世界各国に向けて、あらゆる動物を守る為に活動しています。

日本語でも読ます。

アザラシ虐殺の様子は、ビデオと写真でも載っています。

より沢山の署名を集めることによって、人間による動物虐待から守ろうというものです。

これを、読んで下さった方に、やっこから、お願いがあります。

私が、このアザラシの赤ちゃん達の為に今出来ることは、一つ。

このサイトを、より多くの人に見てもらい、同じ様に、1通でも多くの署名を送ることです。

現在、7万通以上の署名が集まっています。

書名を送ると、書名ありがとう、といった内容のメールが届きます。

それ以上の、例えば、メンバーに登録するなどの必要はありません。

私は、メンバー登録したので、色々な購読物もメールでもらえます。

このサイトでは、他に、日本のツキノワグマを守るとか、韓国の犬猫虐待についての署名も募っています。

一度、サイトを見てみて下さい。

そして、感じるものがあって、やめさせたい! と思う気持があったら、

どうか、署名を送って下さい。

行動を、共に、起こしましょう。

この地球は、人間だけの物ではないこと、いつだって、他の動物達と共存していくべきだということ、

特に、人間の欲で、富の為に(ビジネスの為に)簡単に他の命を犯してはならないこと、

同じ気持でいてくれる方があれば、是非、このサイトを見てください。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520 に行くと、日本語サイトだと思います。

真ん中のアザラシの写真の下の、“アザラシ猟反対を今すぐ訴えよう”クリックして下さい。

あいにく、英語のままなのですが、その画面の右にある、“行動を起こす”のとこに、英語で、

sighn IFAW's million signature petition というのをクリックすると、

メールアドレスや簡単な情報を書き込むとこがあります。

書き込んで、送信して頂く、のです。

ここまで読んでくれて、本当にどうも、ありがとう。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520

毎週、新しい方が見えた場合に読んで頂けるように、繰り返して記事を載せたいと思います。
# by yayoitt | 2005-04-07 01:53 | 愛する動物のこと | Comments(0)
からゆきさん
聞いたことはある言葉でも、どういう人のことをそう呼ぶのかは今まではっきり知らなかった。

から、唐、に行く人。

今、図書館で借りて読んでいる本が、この唐ゆきさんの話である。

時代は鎖国から解放された明治以降、終戦後まで。からゆきさんは日本中どこからでも海外へ出たが、主には九州の天草、島原の貧しい家庭の女性だった。石炭船や積荷に紛れて一週間も飲まず食わずでまずシンガポールに着く。そこから東南アジアの各地へと送られる。彼女達は娼婦、売春婦として、売られた、のだ。本の中の、山川サキさん(実在人物であるが)が島原の河原町から、ボルネオ島北端部を占めるマレーシア・サバ州東海岸に位置するサンダカンに売られたのが、まだ10歳そこそこだ。貧しい苦境の生活の中で、子供ながらに、家族にちゃんとした家を建てさせてあげたい、畑を持たせてあげたい、その為には、自分が稼いだらいいんだ、とサキさんは志願したのだ。しかし、身売りのその後、外国でどんな仕事が待ち受けているかは、想像もつかなかっただろう。サキさんのように、自ら志願して出掛けた子供もいれば、女衒(ぜげん)に騙されて船に乗せられる者もいた。船の中では、年の若い子供は怪しまれにくいのだが、16、7にもなっていると、売春と疑われて船から下ろされることがあった。その為、石炭を積んだ倉庫の中などに隠れたが、飲まず食わずであったり、石炭から出るガスに犯されて、旅の途中で死んでしまう者も少なくなかった。サキさんは、サンダカンにある、女郎館(ここには、支那人や朝鮮人などの館もあった)で、日本人のサンダカン1館から9館まであるうちの、最初は3番館に売られた。幼馴染のツギヨさんとハナさんと3人で、まずは館にいる女郎さん達の身の回りの世話をする為一緒に働き始める。それでも、ある日、突然に館の主より、今夜から客を取れと言われる。サキさんが取ったお客は、一晩で平均4~5人、多い時では30人にも上るという。それでも、稼いだお金は、館の主に持って行かれ、残ったお金は故郷の家族に送り、手元のお金は着物を買ったり、化粧品を買ったり、下着を買ったり、また毎月の性病の検査などを自腹で払わなければならなかった。こうして10何年ぶりかに日本の故郷に帰って来たサキさんを待ち受けているのは、ただただ孤独な日々だった。からゆきさん、という歴史を、口を頑なにして隠そうとする人々、サキさんのお金で家も建てて畑も持てた兄は嫁を貰ったものの、サキを結局は邪魔者、恥さらし者として扱う。持った所帯の旦那との間にできた息子と京都で暮らし始めるも、息子が結婚を機に、サキの過去がばれるのを恐れて老いたサキを一人で孤独の故郷、島原に帰してしまう。息子からの送金は月4千円(昭和40年後半)、貧しい村の中でも一番貧しい暮らしを続けているのである。

本は、山崎朋子著『サンダカン8番館』

からゆきさんを取り上げたルポタージュである。

何となくうっすら知っていたとは言え、日本の歴史の中でも、何故かそれを“はじ”として隠そう、記憶から追い出そうとしてしまう日本の風潮の中では、真実は知りにくい。まだ、読み途中ではあるが、とても興味深い、歴史本(敢えてこう呼ぼう)に出会えた。
# by yayoitt | 2005-04-06 19:19 | 遠くにて思う日本 | Comments(0)
飛騨弁講座
私の故郷、岐阜県は飛騨には独特の方言が沢山ある。以前、地元の病院で数年働いていた時に、岐阜や名古屋の方から転勤でやってきた医師達が、地元の患者さんの言葉がわからずに看護師さんを間に入れて、通訳をしてもらっていたくらいだ。

方言とは、実に良いものだ。

時と共に、世代の交代と共に、情報の発達と共に、廃れていくものであるがそれでも少しづつ世代を超えて受け継がれる方言とはなんて素晴らしいものだろう。若い頃は、田舎くさい、とか標準語がいい、などと言っては方言を使うことを恥ずかしがったものだった。でも、故郷を離れ、そして、アクセントや方言の違いの多い英語圏に住むことによって私の方言に対する思いはより一層、募るのであった。

そこで、自己満足ではあるが、ちょっと素敵な飛騨弁をご紹介したい。

  
           ♪ 麗華と彼女の友人ウララの会話から... ♪

麗華 : こりゃぁ、おみなぁ、なげぇこと飛騨に帰ってこんかったけどよぉ、元気にしとったんけな?

ウララ : おぉ、あんばよぅ東京でまめにしとったさ。

そやもなぁ、去年の盆帰って来たっきりやも。
   
まぁ、東京暮らしなんて、ちいっともいいもんじゃねぇぜぇ。

人ばっかぎょうさんおってなぁ、てきのぉなるだけやさ。

おめぇこそ、どうよ、元気けな?
   
今も藤堂のあん様んとこの兄まと仲よぉしとるのけな?

麗華 : おりけな、おりは、そやさ、拓哉とえぇ仲よ。
    
はぁ?結婚けぇ、まぁ、なんてってもわけぇでなぁ、おりたちは。
 
もぉちょっと2人してほうっつき歩ってな、それからちゃんちゃんと考えるうぇな。

おみんとこのぼぉは、幾つんなった?

ウララ : 祐樹か、ありゃぁ、今年中学校に上がるんやぞ、はぁえぇもんやろ。

でも、うちん中では、ぼぼさばっかぁ描いとるわ。

その辺のぐろにつくねてある紙山ほど集めて来て、それに描くんやぜぇ。

ほんと、こぉわいわ、いつまでもあんでわなぁ…。


  ***  翻訳  ***

♪ 麗華と彼女の友人ウララの会話から... ♪

麗華 : あらぁ、あなたぁ、長い間飛騨に帰って来なかったけれど、元気にしてたの?

ウララ : まぁ、ちゃんと東京で元気にしてたわよ。

そよねぇ、去年の盆帰って来たっきりだもの。
   
まぁ、東京暮らしなんて、少しもいいもんではないわよぉ。

人ばかり沢山いてねぇ、息苦しくなるだけよ。

あなたこそ、どうなの、元気なの?
   
今も藤堂のおじ様のところの息子さんと仲良くしてるの?

麗華 : 私?私は、そうね、拓哉といい仲よ。
    
え?結婚?まぁ、なんていっても若いからねぇ、私達。
 
もぉちょっと2人してぶらぶら歩き回ってね、それから順番通りに考えるわよ。

あなたのところの息子さんは、幾つになったの?

ウララ : 祐樹ね、彼は、今年中学校に上がるのよ、早いものでしょう。

でも、家の中では、漫画絵ばっかり描いてるわ。

その辺の隅に重ねてある紙を山ほど集めて来て、それに描くのよぉ。

本当に、恥ずかしいわ、いつまでもあんな風じゃぁ…。
# by yayoitt | 2005-04-05 23:57 | 遠くにて思う日本 | Comments(0)
NAIL CUTTER 爪切り
何度かご紹介してきた、ここにあったら良いと思う物。一つ、大事な物を、紹介し忘れていました。

爪切りです。

こちらの人々は、爪を切る時に、多くが小型のはさみを使います。旦那のお父さん、おっとさんは、左手がとても不器用で、ずっとおっかさん(奥さん)に右手の爪を切ってもらっていました。
おっかさんが、身体障害者になってから、度々、マイケルやお姉さんが出向いた時に切って上げていました。

彼もはさみを使っています。

そう思うと、日本の"てこ"の原理を利用して、バチッ バチッ と切る爪切りは、何て賢いのでしょう!!こちらにも、爪切り と称する物はありますが、写真の通り場所は取るわ、使い勝手がそれほど良くないわ...どうしても、日本の爪切りにはかないません。

こちらに長期で旅行の方、移住の方、是非、日本から爪切りは持って来て下さい。
ただ、最近の税関の強化にて、先の尖った物は一切、機内への持込み禁止となっているので
チェックインで預けるバッグの方に入れておく事も、お忘れないように!!
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# by yayoitt | 2005-04-04 19:50 | 英国暮らしって... | Comments(4)
ローマ教皇 さようなら
昨夜、ローマ教皇 John Paul II (ジョンポール セカンド)が昇天した。
パーキンソン症候群におかされながらの、84歳だった。
数日前に、尿路感染による高熱を出し、瞬く間に腎臓の機能が低下、同時に心筋梗塞を併発して病院で手当ては受けたものの、金曜日に、自分の家で死にたいとの本人の強い希望でバチカン市内のセントピーター寺院(世界一小さな国の、世界一大きなカソリック教会)広場一角の自室へ帰って来た。金曜の夜から、呼吸が浅くなり意識が無くなると、バチカン市内に数万人もの人々が集まり、また、世界中のカソリック教会にも人々が集まり、祈りを奉げていた。

一昼夜して、土曜の夜に息を引き取った。

このローマ教皇(ジョンポール 2)は、26年という長い歳月を教皇として送った、至上3番目の長期の教皇であった。彼はポーランド人で、彼が教皇になるまでの455年間はずっと常にイタリア人が教皇だったので、イタリア人からは、余り嬉しくない教皇と言われていたらしい。

また、トリヴィアであるが、彼はドクターマーティン(イギリスの靴のメーカー)の大ファンで、白いドクターマーティンブーツを好んで履いていた、そうだ。

昨夜は、彼の昇天を祈る為に、バチカン市内には10万人に上る人々が集まった。

そうして彼は、静かに、逝った。

* * * 

さぁ、新しい教皇選びが始まる。これが、とっても歴史的に従順な、昔ながらのしきたりに基づいて行なわれる。カソリックでカーディナルと呼ばれる、人々が世界中からバチカンに集まり、新しい教皇を決めるのだ。新しい教皇は、今までの教皇の死後、20日間以内に決められなくてはいけない。各国から、もう既に、バチカンに向かっているのだ。

一番最初のミーティングは、月曜日に行なわれる。次期ローマ教皇を決めるにあたって、世界から集まったカーディナルが決まるまで何度でもミーティングを開く。このミーティングは、内密に行なわれる。その日のミーティングで、もし、新教皇が決まらない場合、外で知らせを待ちに待っている人々へのサインとして建物から、黒い煙を炊く。この黒い煙とは、その日の投票用紙を燃やす時に、特別な薬を使って燃やすのだ。その結果、黒い煙が出る。何日も、黒い煙が上がった後、ある日、初めて白い煙が上がる。そのサインが、新しい POPE ポープ ローマ教皇 が決まったよ、という知らせなのだ。

ここ数日、ニュースでは常に 教皇ジョンポール2の状態報告ばかりだった。
これから数日は、黒い煙が、ニュースの画面、新聞の画面を埋めることだろう。

そして、ある日、白い煙が上がる!
# by yayoitt | 2005-04-03 17:52 | 英国暮らしって... | Comments(2)
★ やっこから、お願い ☆ 続
4月1日の日記を見てくれた方で、早速、サイトを見てくれた方、

また、感じるものがあり、署名などのご協力を頂けた方、

そうでなくても、読んで下さり、少しでも ? と、興味を持って下さった方、

どうも、ありがとう。

こういう活動が、すぐには、結果を生むことはありませんが、

継続することによって、また、多くの人々に、事実を伝えることによって、確実に良い結果、

そして、良い未来、良い地球への糸口となることを、心から信じています。

今一度、こちらのサイトのご紹介をさせて頂きます。

この団体名は、IFAW(International Fund for Animal Walfare) 国際動物福祉基金です。

日本語のサイトは、こちら。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520

主に、署名による、世界中での動物虐待に対する反対運動です。

また、募金も出来ます。

約30年前、カナダ・北極海沿岸で行われていたタテゴトアザラシ漁中止を求めて活動が始まりました。

サイトでは、かなり悲惨な光景を写真やビデオで掲載しています。

やはり現実を目で見ることはかなり辛いことですが、そこで、何か出来ること、それをサイトを見る人々に強く訴えているのだと思います。
# by yayoitt | 2005-04-02 00:23 | 愛する動物のこと | Comments(0)
やっこから、お願い
一昨日、昨日と、新聞に載っていた記事。

詳しく書くと、また泣いてしまうので、省かせてもらいますが、朝、仕事に行く時にいつも読む新聞を、すぐに伏せて泣いてしまいました。

カナダでの、アザラシの赤ちゃん猟 の話です。

つまり、アザラシの赤ちゃんの 皮を使ったりする為に、アザラシの赤ちゃんを大量に虐殺しているのです。

そのやり方は、とても残虐です。

棒で叩きながら、生きたまま、皮を剥ぐ … 。

これ以上、書きません。

この記事を2日連続で見て、自分に何が出来るか、ネットで検索しました。

ワールドワイドで、沢山の、動物愛護の団体があります。

その中でも、過激派、というか、テロリスト化したのもあるわけですが、

そういうのではない、とてもいいサイトを見つけました。

↓ をご参照ください。IFAW(International Fund for Animal Welfare)


早速、メンバーになって、カナダ政府に向けての投書を送りました。

この団体は、世界各国に向けて、あらゆる動物を守る為に活動しています。

日本語でも読めます。

アザラシ虐殺の様子は、ビデオと写真でも載っています。

より沢山の署名を集めることによって、人間による動物虐待から守ろうというものです。

これを、読んで下さった方に、やっこから、お願いがあります。

私が、このアザラシの赤ちゃん達の為に今出来ることは、一つ。

このサイトを、より多くの人に見てもらい、同じ様に、1通でも多くの署名を送ることです。

現在、7万通以上の署名が集まっています。

書名を送ると、書名ありがとう、といった内容のメールが届きます。

それ以上の、例えば、メンバーに登録するなどの必要はありません。

私は、メンバー登録したので、色々な購読物もメールでもらえます。

このサイトでは、他に、日本のツキノワグマを守るとか、韓国の犬猫虐待についての署名も募っています。

一度、サイトを見てみて下さい。

そして、感じるものがあって、やめさせたい! と思う気持があったら、

どうか、署名を送って下さい。

行動を、共に、起こしましょう。

この地球は、人間だけの物ではないこと、いつだって、他の動物達と共存していくべきだということ、

特に、人間の欲で、富の為に(ビジネスの為に)簡単に他の命を犯してはならないこと、

同じ気持でいてくれる方があれば、是非、このサイトを見てください。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520 に行くと、日本語サイトだと思います。真ん中のアザラシの写真の下の、“アザラシ猟反対を今すぐ訴えよう”クリックして下さい。あいにく、英語のままなのですが、その画面の右にある、“行動を起こす”のとこに、英語で、sighn IFAW's million signature petition というのをクリックすると、メールアドレスや簡単な情報を書き込むとこがあります。書き込んで、送信して頂く、のです。

ここまで読んでくれて、本当にどうも、ありがとう。

http://www.ifaw.org/ifaw/general/default.aspx?oid=89520
# by yayoitt | 2005-04-01 00:13 | 愛する動物のこと | Comments(2)
図書館通い
家のある同じ通りの突き当たりには、エージンバラ市立の図書館がある。そこには、合計で多分50冊ほどの邦書がある。広い図書館の、一角、一つの小さ目の本棚が、全て日本の本だ。
本は、どうやら、ここに住んでいた日本人が置いていった物ばかり。新しいのも古いのも、文芸春集とかまである。そして、単行本には“ ま さ と ”などと名前が書かれていたりする。

全体的に、一番多いのが推理小説、赤川次郎や森村誠一など、次にだんとつ多いのがイギリス旅行関係の小説、日本人が外に出る時、とかいった、海外に来る日本人を応援するような書き物だ。

日本の本があると知った去年の暮れに会員になった。それから常に本を借りて読んで来ているが、多分もう30冊くらいにはなるだろう。文藝春秋も、6冊あるが、全部読んだ。日本にいた頃は、余り推理小説とか好きではないので、絶対に買って読まなかったものだ。それが一冊読み出したら、案外、おもしろい。

長編小説が多いが、特に脳裏に焼き付いている本としては、松本清張 の 砂漠の塩

これは、不倫の末に心中をする為、訪れたエジプトでの女と男の話、そしてそれを追う、女の夫の話、悲劇だ。

また、偶然にも砂漠つながりだが、吉本ばなな の SLY

これは、HIV陽性の男性と、その元彼女、元彼の3人でエジプトを旅する話、吉本バナナの取材旅行の風景が写真でコメントと共に納められていて、話は読み応えがあるし、写真集は楽しい。
自分のことを オレ と呼ぶ彼女のエジプト旅行中の素顔が沢山だ。

今日も、2週間前に借りた4冊の小説を返しに行く。でも、もう余り残っていないので、敢えて借りずにいた、昔読んだ坊ちゃんとか、そんなクラシックな本を借り始めようか…日本にいて敢えて読まなかった日本の本が、今、こんなに読みたいと思うのはやっぱり、日本の文化に乾いているからなのかも知れない。

それとも、ただ単に、無い物ねだり の悪い癖?
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# by yayoitt | 2005-03-31 20:40 | 英国暮らしって... | Comments(0)
白いゲレンデでのテーマ曲
故郷の飛騨は、雪に恵まれ、周りは山々が多い為、沢山のスキー場がある。小学校の頃から、一年に数回は学校や学年でスキー教室があり、小さな頃からスキーとは切っても切り離せないようにして育って来た。中学に入っても、一日かけてのスキー教室はあったし、高校でもスキー教室があった。看護学校も飛騨高山だったから、最寄のスキー場で特訓があった。高校では、冬の体育の授業の中に、クロスカントリーが組み込まれていて、細長いエッジのないスキーで走り回った。スキー場へ出掛けていくスキー教室は、丸一日授業が出来ないので、まるで遠足みたいに楽しかった。

私は、このスキー教室に、もう一つ、密かな楽しみを持っていた。

それが ...

♪ やっこ、歌のベストテン、雪の祭典 ♪ である。

その頃、リフトは、今のように高速でもなければ、ペア-もなかった。リフトに乗っている間は、孤独で寒くて長かった。そこで私はその間を、歌を歌って紛らわしたのだ。

でも、ただ歌うんじゃない。

なんと言ってもベスト10ですから、あなた。

もちろん、10位からちゃんと歌うのだ。自分の好きな歌を、10位から…。
しかも、なりきって歌うから、常に自分がカメラに写っていることを意識して歌う。司会者もいて、“それでは、今週の第8位。松田聖子さんで、赤いスイートピーです。今日は、真っ白なゲレンデから聖子ちゃん、歌ってくれます”

カメラが近付く!

ふしめがちにカメラを見ながら、歌いだす“春色の~汽ぃ車に乗おって”完全に聖子ちゃんになりきって歌う。誰にも聞こえないから、大声で歌える。時には聖子ちゃん、最後に久米さんと黒柳さんに手まで振りながら“どうも、ありがとぉう!”などと言う。

それに続くのは、柏原芳江や松本伊代、堀ちえみ…。

ほとんど女性歌手ベスト10だ。時々、チャゲ&飛鳥や安全地帯の上位入りがあるが、あとは聖子ちゃんが3曲くらいベストテン入りしていたりする。吹雪いていようが、みぞれであろうが、真下で誰かが転ぼうが、空中でのベストテンは、続くのである。下り場が近付くと、何食わぬ顔をして、歌を止めてリフトを降りる。友人を待ち、ゆっくり先生の後を付いて下まで下り、再びリフトに乗ると…

黒柳徹子が鼻の詰まった声で喋りだす。

“CM中に、ゲレンデに来てくれたおニャン子クラブですぅ~。歌は、セーラー服を脱がさないで !! ”
# by yayoitt | 2005-03-30 22:11 | 思い出 | Comments(7)
今日一日のテーマ曲
朝、目を覚ます。着替えながら、必ず私は歌を歌っている。ほとんど無意識のうちに歌っている。隣で、もう5分だけ!と眠っているマイケルには非常に迷惑であろうが、気が付かないうちに歌っているので、勘弁してもらいたい。

この、歌。

毎朝、突如、理由もなく決定する。その時にならないと、何の歌が出てくるかわからないのだ。よく、夢に出てきた歌を、目覚めてからずっと口ずさむことがある。その朝一番に歌った歌は、1日中、頭の中で繰り返され、歩く度に、仕事の休憩中にお湯が沸くのを待ちながら何度も何度も、歌うのである。

ちなみに、今日の歌は、松田聖子の“秘密の花園”だった。駅へと向かう道で、“ママの目を、盗んできたのぉ~♪”などと歌いながら色んなことを思い出した。

昔、こんなクイズがあったっけ。

“秘密の花園に、男の子と待ち合わせする為に、女の子が来ました。でも、その女の子には、目が3つありました。なぜでしょう?”

答えは、上にも書いたが、歌詞の“ママの目を盗んで来たからぁ”だ。

…しょうもない。

また、この歌を歌いながらよく、“もしもジャイアント馬場が秘密の花園を歌ったら…”と言いながら“ムードをぉ知らない人ぉ、あぁ、焦~るわ♪”の、最後の 焦るわ の部分を “焦るっぱぁ”と
片膝になって、ジャイアント馬場の真似をしながらおでこに手を当てて、前に振り出す仕草をするのだ。

しょうもない…。

そのくせ、歩きながら思い出し笑いしてしまった。

歌は古い歌が多い。あと、英語の歌も時々あるが、歌詞がわからないので、簡単な盛り上がりの部分だけを繰り返して歌う。カイリーミノーグ、ジェイロー(ジェニファーロペス)、ブリトニーなど。あとはハミングでごまかす。

先日、バスを待ちながら、その日の歌となったブリトニーの、HIT ME BABY ONE MORE TIME!を歌っていた。雨が降っていたし、バス停の屋根の下には誰もいなかったので、私は大きめの声で気持ちよくOH BABY BABY!と頭を少し振りながら歌って、左に頭を振った拍子に何かに触った為歌を止めて、そっちを見たら、無表情のおばさんが私のすぐ隣で、ジーッと私を見ていた。

!!いつから、いたんだ!!

驚いたが、確実に、歌って頭を振っているおかしなアジア人 と思われたことは、おばさんの表情でわかった。

一度は、朝一番に歌い出したのが、チャゲ&飛鳥で、一日中、あんあんあんん…と繰り返したこともある。安全地帯になると、眉間に皺を寄せて頭を前後に振って歌ってしまうので、怪しまれる。私の大好きな、今井美樹の歌の日はロマンチックでかわいい女になった気がする。滅多にはないが(有難いことに)、天城越え♪の日などは、“あなたをぉ殺してぇ、いいですかぁ~”などと小さな声で拳を回しながら歌っているので、どこを歩いても、周りは竹やぶのような気分になる。

それがその日を決定付ける、テーマ曲。

きっと、そこをすました顔で歩く人も実は、心の中で怒涛の嵐の中、演歌を歌っているのではないだろうか???
# by yayoitt | 2005-03-30 00:54 | やっこの思想 | Comments(3)
二匹の犬と…
昨日から、うちには二匹、犬がいる。ノーマンと、マイケルのお姉さん夫婦の犬でグレイハウンドのおばあちゃん、リプリーだ。私達は、この犬達をお互い、従姉妹、と呼ばせている。ノーマンがうちの娘、リプリーがお姉さん達の娘だから、血の繋がりはないが、事実上の従姉妹だ。
リプリーは、元レース犬で、耳の内側に刺青の番号がある。リプリーは、去年の11月までは、同じ元レース犬のバーニーとずっと一緒に暮らして来た。お姉さんの旦那さんが、レスキュー犬として、二匹を引き取り育てて来たのだ。その、バーニーが、グレイハウンドのレース犬には珍しく長生きした14年という歳月の末、安楽死したのだ。

グレイハウンド、殊にレース犬は、その生涯は、太く短い。
若い間に、一杯、懸命に走り回り、リタイア後の余生をいかに静かに大切にされて生きるかで
その寿命も変わってくるのだ。多くの動物病院の医師が、看護婦が声を揃えて言う。長く生きても10数年、14年も生きているのを見たことがない、と。多分、実に温かく、大事に、優しく見守られて余生を過ごしてきたのであろう。

その相棒を亡くして、今は、リプリーだけだ。

彼女のご主人、マイケルのお姉さん夫婦は、ホリデーでキューバに出掛けた。その間、リプリーは、うちで過ごすのだ。前に数回、ノーマンとは会っているし、ノーマンも、彼女には一目置いている。多分、彼女の大きさと、威厳さに、敬服しているのではなかろうか。挨拶やお辞儀はしても、それ以上の干渉はし合わないので、一緒にいても全く問題がない。明日から私は仕事が始まるし、マイケルはもう既に今日から仕事だった。1日、同じ部屋で、数時間二匹だけで過ごしたけれども、ただお互いのベッドで眠っているだけ。

ただ、食事が違う。

リプリーは、(今考えても??なのだが)姉の靴下を食べて、胃に詰まり、それが腐ってしまい、
胃の中が癒着してしまった為、手術して、今は胃が半分しか残っていない。だから、消化の良い物を小分けして与える。缶の餌を開けると、リプリーが飛んでくる。もちろん、臭いを嗅ぎつけて、ノーマンも飛んでくる。私1人の時は、ノーマンにも小皿にその餌を分けて、別々の部屋で同時に食べさせる。そして、ノーマンの食事の量を少し減らしてあげる。散歩も一緒だが、リプリーはとても背が高く、私の腰まであるのに、ノーマンは私の膝にも満たない。それに、パワーも違うし、惹かれる匂いも違うので、それぞれが好きな所で立ち止まる、そうなると、私は道一杯に両の手を広げて、右と左に引っ張られた状態となる。

これも、なかなかおもしろい。

来週の火曜には、お姉さん夫婦が帰ってくる。リプリーは、度々応接間の窓から外を眺めて、お兄さんの姿を待っている。

2人にとって、素敵な安心できるホリデーとなるように
そして、リプリーとノーマンにとって、興味深い一週間となるように
また、マイケルと私にとっても、笑いの一週間となるように…
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# by yayoitt | 2005-03-28 02:38 | 迷い犬、犬のこと | Comments(2)