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恋の話 冬のアパート 海底
その人に出会ったのは、1月の初め、高山にはいつもの通り、雪がどっしり降り積もっていた。新年宴会の帰り道、私は同じアパートに住む同僚と、気持ち良く歌いながら、転勤してきたばかりの彼を案内して、同僚の彼女の行き付けの洋風居酒屋へ行った。そして外の空気がすっかり凍る頃、帰りの途に付いた。私達のアパートと、彼のアパートとは同じ方角にあって、仕事場からは一直線の道でつながっていた。同僚はとってもお酒が好きで、毎晩でも酒盛りが出来る人だった。彼女と肩を組みながら、ポケットに手を突っ込んで歩く彼を横目に見ながら歩いた。私達のアパートの方が手前にあり、アパートに着いた時同僚が、“xxxのアパートへ行こう”と言い出した。3人ともほろ酔い気分のままなので、ここでサヨナラして帰るのも惜しくなり、彼のアパートへ深夜の訪問をすることとなったのだ。アパートと言っても4部屋しかなく、彼の先任の人がそこを借り、その先任の人も前の人から受け継いでいた。引っ越して間もないから、余り何もなく寒々しているのか、戸を開けた瞬間に冷気が外から中に入り込み、
風景が凍ってしまったのかどうかはっきりしないが、それは確かに、凍み付いていた。
鍵を開けるのに時間のかかっている彼の背中を見ながら、これから何回もここを訪れるだろう…と思った。彼は、とても幸せそうに、その寒い玄関へと入って行った。玄関で靴を脱ぐと、あがりたてに白い何かが浮遊して見えた。電気を点けるまでわからなかったが、それは、まぁるく空気を含んで転がっているスーパーのナイロン袋だった。それはたった一つではなく、多分4つはあったと思う。みな、膨らんでいるのだ。彼はそれを足で蹴り散らしながら暗い部屋の奥へと進んで行った。同僚はいつも黒くてでっかいブーツを履いていたので、それを脱ぐのにてこずっていた。彼女の後ろで私は立ち止まったまま、その浮遊する白い影と彼の後姿を見続けた。玄関を閉じると、空気の通路が閉ざされ、まるで海の底にいるようだった。白く佇(たたず)むそれは、息を凝らした珊瑚のようで、いつまでも蹴られて散ったままだった。彼が奥の部屋の電気を灯すと、急に海面へ引き上げられて、しばらく忘れていた、深呼吸をした。
by yayoitt | 2005-02-21 04:37 | 穂高の恋人達
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