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殺さなくてはならない
午後の明るい日差しが差し込む窓際、病院に一本の電話がかかってきた。

おかしな依頼なんですが ・・・ と語る男性。

 “ 屋根裏部屋に住み着いた 灰色リス を捕まえたんだけど。

   SSPCA に電話したら、動物病院に連れて行って安楽死させなさいと言われたんだ。

   法律で、そう決まってるらしいんだよね、知らなかったけど ・・・
 ”

あまりに素っ頓狂なことを言われた気がして、一旦、電話を切ってこちらから掛け直すことに。

側にいた 獣看護師のカトリーナ に尋ねた。

彼女は、頷きながら そうなんだよねぇ ・・・ と答えた。

 “ 灰色リスは、元々、英国の動物じゃないから、もしも捕まえたら安楽死をするって、
   条例で決まってるんだよ。

   鹿にも、そういう種類があるのよ。

   それにしても、どうして、黙って逃がさなかったんだろうねぇ ・・・。

   私だったら、SSPCA なんかに連絡せずにこっそり逃がすのに ・・・。
 ”

しばらく、開いた口と、寄せた眉間の皺が元に戻らなかった。

                灰色リス  
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19世紀に北米から持ち込まれた灰色リスは、英国国産の赤リスにとってかわり、国土全体に生息するようになった。

灰色リスは赤リスよりも繁殖力や環境に対する適応力が優れており、更に、赤リスを死に至らしめるリス痘(the Squirrelpox virus)を伝染している為、赤リスの生息数に大きな影響を与えている。

現在灰色リスの生息数は国土全体でおよそ200万匹にのぼると考えられており、一方で国産の赤リスは、20万匹しか生き残っておらず、その4分の3がスコットランドに集中している。

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赤リスと灰色リスの話は知っていたが、この条例のことは知らなかった。

元々、人間が持ち込んだ灰色リスを、今、この国は処分に困っているのだ。

去年は、上院議会でこの問題についての議論がなされた際、貴族議員が提案をしたことがあった。

 “ 灰色リスを食用として学校給食に出してはどうでしょうか。 ”
 
また、猟師たちには公に 見たら撃て と促したりもしているくらいである。
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SSPCA も電話をもらった以上、その条例通りに相手に伝えなくてはならない。

カトリーナ の説明を聞いた後、彼女に言った。

 “ じゃぁ、私が責任を持って、あくまでも私の判断で、逃がして良いかな? ”

彼女は肩をすくねて答えた。

 “ 私も、きっとそうするわ ・・・ ”

早速、灰色リスの処置に困っている男性に電話をし、逃がすことは何も言わずに、リスを連れてくるように伝えた。

数十分後、男性が現れた。

おとりの網カゴに入って、もの凄い勢いでかごの中をあちらからこちらに飛び廻っていた。

・・・ 野生動物だもん、すっごく怖いんだろうなぁ 

獣医師が出てきたので、話の成り行きを伝えたが、正直、何と言われるかが怖かった。

しかし彼は、

 “ 本当に馬鹿げた条例だよ、全く ・・・ ここの裏庭でも良いんじゃないか? ”

すごく、嬉しかった。

もしや反対され、条例通りにしなくては、などと言われたら私は、どうしようかとビクビクしていた。

ここで働くことさえ、嫌になるかもしれないと、思っていた。

駐車場の車が消え去るのを待つこと40分ほど ・・・。

リスは、敷かれた新聞紙の下に潜り込んで動きもしていなかった。

カトリーナと2人で外に出て、建物の裏の誰の目も届かない空間を見つけてカゴのドアを開いた。

しばらく、動きもしなかったリスが顔を出したかと思ったら、勢いよくカゴを出た。

そのまま止まることなく、そして キューッッ キューッッ と啼きながら、建物の壁を登り、屋根の向こうへ消えていった。

あんなに キューッッ と啼いたのは果たして、怒りなのか、喜びなのか、悲しみなのか、ストレスなのか ・・・。

うっすら夕焼ける空を見上げ、しみじみと感じていた。

人間はどうして、こんなに勝手で、自然に手を下してかき回し、その結果に困って、簡単に命を処分するなどと言えるのだろう ・・・。

元々、人間の手で動かしてはいけないものが、自然であると思う。

人為的に何かを変えたら絶対に、自然はバランスを崩すのだ。

自らの尻拭いに焦り、また更に手を下し、また下すしかなく ・・・ 

それは終わりのない、イタチゴッコなのだろう。

そんなことも、何も知らない、知る必要のない自然動物たちは、突然にただ訳もわからず捕まえられたり、殺されたり、撃たれたり、するだけなのである。

彼らを嫌悪する人がいるが、灰色リスには、何の罪もないことを、どうして気が付かないのだろう?

by yayoitt | 2007-09-05 03:54 | 動物病院での出来事、仕事
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