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やつのワイシャツ
飛騨の長い冬が尾を引き、ようやく木々が緑を搾り出しては風に揺れる頃 ・・・

私は、この中学で最後の体育祭を目前にしていた。

受験勉強をそろそろ始めると同時に、毎晩、ひどく眠れぬ夜を過ごしていた。
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やつ だった。

同じクラスの やつ のせいで、色んな気持ちを抱えていた。

その日によって、その気持ちは違う。

やつ が笑いながら頭を撫でてくれた日は、嬉しくて嬉しくて眠れない。

やつ が朝、なかなか話しかけて来てくれなかった日は、寂しくて寂しくて。

やつ が背中に汗を滲(にじ)ませて参考書を見ていると、その夜は遅くまで勉強した。

やつ だった。

同じクラスの、背の高い、キツネ目の坊主頭が、大好きだった。

好きで好きで、どうしたらいいかわからなかった。
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体育祭の催しの中で、誰もが一番に心待ちにしていたのが、応援合戦

東西南北の4チームに分かれての体育祭。

高く組み立てられた櫓(やぐら)に並ぶ、生徒の観客席。

そこで、数週間に渡って練習してきた 応援合戦 が行なわれる。
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得点数が高いこともあったし、何よりも、学年関係なくチームが一体化しているという気持ちが良かった。

ボンボンを使ったり、手袋を使ったり、大きな画用紙をそれぞれが持って絵文字を作ったり、

チームに与えられた20分を、いかに演出して相手を感動させるかが勝負だった。
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その最後の初夏、私達のクラスのチームは、男子も女子も全員が白いワイシャツとネクタイを着ることになっていた。

セーラー服がユニフォームだった女子は、ワイシャツを男子に借りるか、お父さんやお兄さん達から借りて下さい、と言われた。

真っ白な、ただのワイシャツである。

お父さんが、持っていないはずがない。

冠婚葬祭用で持っていないはずがなかった。

それなのに私は、どうしても、どうしても やつ のワイシャツが着たかった。
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昼休み、バカを言って叩き合ってる時に聞いてみた。

 “ なぁ、Mさぁ、ワイシャツって何枚持っとるの? ”

 “ は? あぁ、ワイシャツか? 4~5枚はあるんじゃねぇの? ”

 “ そっかぁ ”

やつ は、背の低い男子生徒のわき腹をくすぐりながら

 “ やっこ、ワイシャツねぇの? ” と聞いた。

ぽっちゃりデブ赤ら顔 の私は、即答した。

 “ うん、ねぇ ”

やつ はキツネ目を吊り上げながら笑って言った。

 “ 俺の、貸してやろうか? ”

ぽっちゃりデブ赤ら顔二重顎 の私は、即答した。

 “ うん、M、貸して ”
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ただただ、ただ本当に心から、やつ のワイシャツが着たかった。

やつ の優しい笑顔から目をそらすとそこに、白いワイシャツの襟があり、3つ外したボタン穴があった。

やつ の鼓動が、そのシャツの胸の辺りに皺(しわ)を作っている。

やつ の長い腕が、シャツの袖を何度も何度も行き来している。

そのシャツを着られるなんて、夢のようだったけど、本当で現実だった。
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翌日の朝、ぽっちゃりデブ赤ら顔二重顎泣き虫 の私の机に、やつ が投げるように置いたワイシャツ。

 “ 母ちゃんが洗ったばっかや ”

 “ わかった、汚さんようにするでな、M、ありがとうな ”

やつ は、それには答えずに、背の低い男子生徒の頭を掴むと、プロレスの技をかけ始めた。

やつ のワイシャツ。

やつ のワイシャツ。

ずっと触れたかった、触れてみたかった。

机の上の白い やつ のワイシャツ、大事に Madison Square Garden の黒いバッグに入れた。
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やつ のワイシャツは、ぽっちゃりデブ赤ら顔二重顎泣き虫お調子者 の私には、大き過ぎて長すぎて ・・・

そうしてその夏は、長くて暑く、ずっと私の心を奪ったままで、どう仕様もなかった ・・・
by yayoitt | 2007-07-18 04:12 | 恋愛とは...
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