人気ブログランキング | 話題のタグを見る
私にとって、そんなことはどうでもよいこと
動物病院の窓口に、16歳のZiggy(ジギー) を抱えて、Mr.G が立っていたのは火曜日のことだった。

Ziggy は毛の長い、ベアデットコリーとテリアか何かのクロス(混血)らしかったが、定かではない。

Ziggy を抱えて立っていた Mr.G は、30後半から40代くらいで、顔に大きな傷がある背の高い男性、タバコの匂いが窓口からでも鼻を付く。

彼の横には、白髪の上品そうな老女が杖を突いてひっそりと見守っていた。

Ziggy は、うちの病院の患者ではないが、白髪の女性(Mr.Gの母親)の飼い猫がここに登録されているクライエンツであった。

普段、Ziggy は病気になると、PDSA(英国のチャリティー、お金を払えない人のペットの為の動物病院・・・予防医療はしない治療のみであるが、全く無料である)に連れて行ってもらっていた。

Ziggy のご主人 Mr.G は何らかの理由で生活保護を受けているのだ。

この日、突然立つこともできなくなって呼吸も荒い Ziggy を抱えて Mr.G はまず PDSA に走ったが、すぐに見てもらえなかったと言うことで痺れを切らし、自分は払うお金などないけれど、年老いた母親に相談し、彼女の紹介で、この病院にやって来たのだった。

臨時で週に数日だけ働いている獣医師が、たまたまフリーだったこともあって、待つことなく、救急患者扱いで診察してもらえることとなった。

Mr.G はしっかり Ziggy を両手で抱きしめ、診察室に入って行った。

血液検査の結果、今まで見たことないほどにひどく進んだ腎障害(多分、加齢によるもの)が示された。

血液検査の結果を Mr.G は聞きながらその場で、瞬きをするだけで殆ど動かない Ziggy と お別れ をする決心をした。
私にとって、そんなことはどうでもよいこと_c0027188_2354152.jpg

Mr.G の腕の中、Mr.G を見上げながら Ziggy は、荒い呼吸を静かに止めた。

私は、血液検査の時からずっと Mr.G と Ziggy と一緒にいたので、涙が出て仕方がなかった。

Mr.G は診察室を出る時に “ Ziggy は、僕の椅子の上で生まれたんだよ ” とだけ言い、強いタバコの匂いと、まだ温かい Ziggy の身体を残して去って行った。

 “ 普通に火葬して下さい ” とのことで、安楽死の処置の分は全て、付き添いで来た彼の母親が支払った。

Mr.G の背中に、気の利いた言葉も何も言えずに、しばらく涙が止まらなかった。

16年、ずっと一緒にいた愛犬と別れる辛さ、そして15分前に、温かい Ziggy を抱えて歩いて来た道程を独りで帰る寂しさ ・・・。

それを考えるといつも、泣けて仕方がない。

一見、強面(こわおもて)で、タバコの匂いが染み付いたシャツを着て、腕には質の悪い刺青がある Mr.G 。

愛犬を、お金を払って普通の病院で見てもらうことも出来ない Mr.G 。

その数時間後、Mr.G から電話があり、“ 普通の火葬にして欲しい と頼んだが、それでは何かいけないような気がする、やはり灰を戻して欲しい ” との依頼であった。

灰を戻すのと戻さないのとでは少々値段が違ってくる、がしかし、既に母親に頼んで、その分も彼女が払ってくれることとなっているとのことだった。

その時点でスタッフの中では Mr.G のような人が、あの上品で裕福な母親の息子であるということが不思議だ、とか、もう1人の息子は、もっとまともな人間だ、という会話が交わされていた。

だけど、私は知っていた。

Mr.G がどんなに Ziggy を心配して待ちきれずにここへ運んで来たかということを ・・・ 。

Mr.G が涙を必死に押し込めて、彼を置いて去りゆく Ziggy を見つめていたかを ・・・ 。

僕の椅子の上で生まれたんだよ、と泣き笑いを浮かべて 診察室を出て行った Mr.G を ・・・ 。


人間って、悲しい。

職業とかお金のある無しだとか、教養だとか育ちだとか、そんな上っ面なことでよく、人を判断してしまう。

だけど Ziggy にとって、Mr.G がお金持ちではなく生活保護を受けていたであろうと、働いていなかろうと、顔に傷があろうと、そんなことはどうでも良いことだった。

ペットにとって重要なことはただ1つ。

          あなたが、ぼくを見つめてくれているかどうか ・・・

ご主人が愛してくれるか、餌をくれるか、寝床を与えてくれるか、時々歩かせてくれるか、それはご主人の目を見たらわかる。

あなたが、ぼくを愛してくれている ・・・

その他のことは、ぼくにとってはどうでもよいことなのだ。

あなたがどんな風貌であれ、どんな生活をしているのかとか、他の人からどう思われているかなんて ぼくは気にしない。

だってぼくは、あの日、あなたに巡り会ったその時から、あなたを愛して止まないのだから ・・・。
私にとって、そんなことはどうでもよいこと_c0027188_22495378.jpg
私にとって、そんなことはどうでもよいこと_c0027188_22501528.jpg

昨日の午後 Mr.G が病院に来た。

Ziggy(の灰) が戻って来たのだ。

小さな箱に入ってしまった Ziggy を抱えて、母親からもらったであろう札束を数えて手渡す Mr.G に、その後どうしているかと尋ねた。

Mr.G は、悲しそうに笑いながら、ポケットから白い封筒を、タバコのヤニが染み付く手で取り出して私に差し出した。

それは6枚ほどの写真だった。

元気な頃の Ziggy が、写真の中で笑っていた。

Mr.G は言った。

 “ Ziggy が元気だった頃、どんな風だったかっていうのを、見せたかったんだよ ”

野原で、ぼさぼさの毛が目を覆い、大きな口を開いて笑う Ziggy は、本当に幸せそうだった。

Thank you を繰り返し、寂しそうに Ziggy を抱えて帰る Mr.G の後姿を、夕焼けが追っていた。  
by yayoitt | 2006-08-25 21:48 | 動物病院での出来事、仕事
<< 週末は大忙し こんなのって充実... おならの話 >>