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父のこと お金の大切さ
私の父は、とにかく、優しい父親だ。

それでも子供の頃は、ここぞと怒る時にはしっかり怒られたので、私は飛び上がるほど驚いて、
毎回、涙で頬を濡らすよりも先に、お漏らしでパンツを濡らすのだった。

それを、家族は、“ びっくりじょんべ ” と呼んで、毎回私が怒られた夜には、私の座っていた座布団が、玄関に一晩干されるのであった。

ある夜、夕ご飯を食べてから、姉や両親、皆がアイスクリームを食べようということになり、珍しく小さな私が遣いに出た。

二本隣の通りにある、牛乳屋さんに大きな冷凍庫が表に出してあり、そこに数種類のアイスが入っている。

父に渡された小銭をポケットに入れて、遣いに出された嬉しさで、つっかけをカコカコ鳴らして、人通りのない角を曲がり、鯉が泳ぐ河を横切り、その牛乳屋さんに到着すると、ジャンプして冷凍庫の中に上体を殆ど入れ込んで、アイスクリームを6つ買った。

私は、子供の頃から歯が悪かったので、氷は食べられず、しかも、手に持つタイプのコーンや棒のアイスも、ぐずぐずしててすぐに落とすので食べられず、いつもカップのアイスばかりだった。

羨望で一杯の大人のアイスや氷、それは愛しい手の届かない食べ物だった。

遣いを果たした喜びと、皆で今からアイスを食べる喜びが混ざり合って、私は有頂天で帰り道は飛んだり跳ねて帰るのだが、

ポケットから、お釣りのコインが幾つか、通りの両端に必ずある小さな河(雪を捨てる為の河)に落ちてしまったのだ。

覗く河は、暗く冷たく、とても遠くに見え、私は確かに “しまった” という後悔の心を抱えながらもどうしようも出来ずに、その後はのろのろ、家に帰った。

子供の頭で、考えた、“父は、お釣りの間違いに、きっと気が付かないんじゃないだろうか?だから、黙っていよう”

小さな頭で、真っ黒い心の影を充分に感じながら、何食わぬ顔で、お釣りを差し出した。

父は、ありがとう と言うと、私の目の前でちゃんとお釣りを勘定し、どうしてこんなに釣りが少ないのかと尋ねた。

私がもうその父の言葉でメソメソし出して、本当のことを小声で話すと、父は黙って、アイスクリームを姉に預け、私の背中を押して “どこに落としたんか、パパを、連れてってくれ”と言った。

そんな時の父は、いつも笑ってその拳に私をぶら下げて遊ぶ彼とは全く違って、怖かった。

懐中電灯を持って、メソメソする私を連れて、その河の辺りまで来て、私が “この辺や”と教えると、身を屈め、両手を暗くて冷たい、遠くに見える水の中に入れてまさぐった。

そんな父の後頭部を見下ろしながら、夜風が身体に凍み込み、心を何かが吹き抜けていくのを感じずにはいられなかった。

パパ、ごめんな、パパ、ごめんな ...

ちっちゃい嘘で父を誤魔化そうとした私は、後悔の涙でゴウゴウと泣くのだった。
by yayoitt | 2005-11-11 07:44 | 遠くにて思う日本
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