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恋人達の季節 穂高岳 2
本谷橋から、本格的な登山道に入り、涸沢カールまでは急いで歩いても約2時間はかかる。
途中で、のんびりしすぎた私達5人は、ほとんど喋らず、ただひたすら、登り続けた。
登山道は、標高が高くなるにつれ、木々の背が低くなり、登れば登るほど、360度見渡す景色は変わってくる。今まで見えなかった大きな岩肌が、すぐ近くに顔を出し、更に登るとその奥に、また違う稜線が連なる。上高地から涸沢、そして、その日の最終目標地点である穂高山荘までは、実に美しい、興味深い、そして忘れがたい光景が延々と続く。
私は、高校で2年間、登山部に所属してマネージャーをしていた。
マネージャーと言っても、他の部員と共に、夏は合宿に行ったり、冬はスキー場で雪の中テントで泊まったりもし、幾つかの大会にも、登山しがてら部員について行った。
ある夏は、女子部員が全国大会に出場している間、男子部員だけで穂高連峰を縦走する合宿に参加し、顧問の先生2人と20人程の男子生徒に付いて、3泊4日で参加した。
この合宿には、私の父親も2日間だけパーティーに参加し、一番危険な岩場の縦走の時には、父親が私に付いて、歩いてくれた。岐阜県側から槍ヶ岳に登り、そこから、長野と岐阜の間にドッシリ腰を下ろす穂高岳連邦を、中岳、南岳、途中大キレットを通り北穂高岳へ、そして涸沢岳、穂高山荘を通り抜け、奥穂高岳、前穂高岳へと歩いた。この、大キレットというのがとても怖くて、切り立った大きな一枚岩のとんがったてっぺんを、巻くようにして、ほとんど足場がないツルツルした岩肌にしがみついて歩くのだ。しかも、これは稜線上であって、下は断崖絶壁で遮るものは何もなく、落ちたら最後、なのだ。そこを大きなリュックを背負って渡るから、ちょっとの風でも身体が振られたらお終いなのだ。父親と顧問の先生の間に挟まれて、ぽっちゃり顔の高校生の私は、キレット横断中は恐怖の余り何も喋れず、キレットを超えてから、安心感で泣きそうになりながら、父と先生に“あれはお化け屋敷より怖い”
“肝試しもいいとこや!”などといつまでも言っていた。このキレットを、何を思い狂ったか、ある男子生徒が途中で岩から岩へジャンプして、先頭を歩く顧問の先生に、“バカヤロー!”と怒鳴られた時には、20人程のパーティーの最後尾にいた私は、何があったか状況がわからないまま、ただその“バカヤロー”が、幾つも幾つも周りの谷にこだまするのを、冷たい岩にしがみついたまま聞いていた。
バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー…
穂高に登るのは、この時の合宿以来初めてで、しかも、この上高地からの穂高入りは初めてだった。登山道の周りは、ダケカンバ(岳樺)という、落葉高木が岩場から生えている。このダケカンバは、秋には真っ赤に紅葉して、涸沢カールを飾るので有名だ。もう少しで涸沢に違いない、汗をぬぐい顔を上げると、ダケカンバの木々の向こう、何かヒラヒラ揺れている。
涸沢ヒュッテの、鯉のぼりだった。
涸沢ヒュッテ(涸沢カールにある2軒の山小屋の1つ)では、山開きの春からしばらく鯉のぼりを掲げるのだ。勢いよく鯉が、強い風に乗って泳ぐのが、遠くからでもよくわかる。同僚2人と友人の男性2人、ようやく、笑顔が出てきた。よし、あそこまで行って、ちょっと長い休憩をしよう!そして、噂のアイスクリームを食べよう!涸沢までは、その姿が見えてからが、実は時間がかかるのだ。鯉のぼりは、木々の間に消えたり、また現れたりしながら、少しずつ確実に近くなってきていた。両側を低いダケカンバで覆われ、午後の夏の日差しが所々落ちる登山道、その先に見える涸沢カールのヒュッテ、更にその奥には、今日私達が目指す穂高山荘へ続く岩肌を望むことが出来た。私は、登山の登りで、前をなるべく見ないように、下を向いて自分の足元だけを見て歩く癖がある。癖と言うか、この方が、明らかに身体が楽で、ばてないのだ。前を見ていると、“まだあんなにある、急な山道はまだ続く”などと思うし、バランスを崩したり、つまずきやすい。だから、小休憩以外では、歩行中はずっと下を向いて歩いていた。突然、前を歩いていた同僚の足が止まり、“あぁぁ!”と声をあげた。私は、彼女の背中にほとんど鼻をぶつけながら、立ち止まった。“ピーちゃん、どうしたの?”そして、彼女の見つめる前方に目を向けた。木々の間から木漏れ日を受け、目を細めながら微笑む顔が、立ち止まるそこから見える坂道のてっぺんに見えた。緑のシャツは、その背後にある空の青と、万年雪の白、そして、白い岩肌、揺れる真っ赤な鯉のぼりに染まりながら、ゆっくりと、私達の方へと坂を下りてくる。夏の日の、彼だった。
この光景は、一枚の油絵のように、脳裏に、そして心の奥に今も残っている。
周りの木々や葉、彼の肩、微笑む頬や飛ぶ鳥、それが少しずつ動きながら、額の中に入ったまま。私の心の引き出しに、いつも置かれているのだ。彼の緑の山シャツは、私がお別れに渡した物で、それを見つけた瞬間に“きひひひひ”と、聞こえない様に声を出して笑ってしまったくらい嬉しかった。彼は、リュックも何も持たずに山のてっぺんから、私達の到着が遅いことを心配して、わざわざ、山を降りて来てくれたらしい。優しい笑顔にここで、会えた。もう会えないと信じていた人に、この空の下、会えた。2人とも何も話さず、彼が皆に話しかけている間私は、初めて彼に会った時と同じ、目を細めて笑う彼をただ、じっと見つめていた。涸沢にはそれから5分ほどで、到着した。
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by yayoitt | 2004-12-17 02:48 | 穂高の恋人達 | Comments(0)
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