人気ブログランキング |
恋人達の季節 それから
夏の穂高での再会、そしてその後1年、私とその人はもう一度会うようになった。
2人の間に広がる林や山々、そして幾つもの街を越えて、変わり行く季節を眺めていた。
林道に広がる白樺並木が燃える、青空が遠ざかる、あの人に会える…
でも、お互いに違う街で、違う世界で過ごす時間が重なれば重なるほど、少しずつ疲れていった。あの夏の日を、ダイナミックな山々の景色に溶け込む笑顔を、思い出しては、今の現実に心が痛む。2人とも、口には出さなかったけれど、すれ違う心の行方を、辛いほど感じていた。もともと、2人の間には、同じ未来や将来といったもののなかった恋、自由だけが、ただ漠然と宙に広がるその恋を、守る確かな支えは、2人の心にしかなかった。
その心が、少しずつ疲れてしまっていた。会えない時間と距離、空間と静寂、それに負けない思いを持ち続ける勇気、怖がりで寂しがりやで、確かな目に見えるものを信じたい私には、なかった。
ある日、明るい陽射しがふりそそぐ駅の片隅で、最後の時を散り終えた。
二度目の別れ、今度こそ決別であることを知ってはいたけれど、疲労感と満足感に満ち溢れた、不思議な気分だったことは確かだ。それほどに、やっぱり疲れていたんだな、としみじみ感じた。人間、楽しかったことや幸せなことは、失ってから気付くことが多い。その上、その幸せな記憶を求めて、もう一度あの幸福感を味わいたいと、同じことをしてみても、一度目のような興奮と幸福感は味わえずに、がっかりすることが常である。恋愛も同じなのかもしれない。2人で過ごした田舎町の思い出、それは、やっぱり繰り返してはいけなかったのだ。
繰り返したら、その大切な思い出までが、ガラスに息を吐いて曇るがごとく、ぼやけて何も幸せな記憶を思い出せなくなってしまうから。私は、この恋の真っ只中にあって、“この恋が一生の中の、大きな大きな思い出”となることに気付いていた。だから、遠距離をしながら2人が、疲れ果ててしまう前に、ブッツリと終わらせたかった。どうせ2人では、一緒に生きない恋愛なのだから、せめて大きな思い出を焼き付けたかった。思い出の中で生きるなんて、本当は悲しいことなのかも知れない。でも、ただちょっと心の引き出しを開けるだけで会える、そんな恋があってもいいかな、と思う。もしかしたら、人にはそれぞれ、そんな引き出しに隠れた思い出があるのではないだろうか…。その引き出しは、未来への心の支え、過去からの心の安楽。一秒一秒、刻まれている、あなたという証(あかし)。
by yayoitt | 2004-12-21 02:32 | 穂高の恋人達 | Comments(0)
<< やっこ、顎(あご)はずれる 優しい、あなたに一言 >>