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癌の告知について (第4章) 文化の違い (上)
オーストラリアへの渡航前に、次章で話したある働き盛りの患者さんとの出会いがあり、癌治療、癌告知にとても興味を感じていた。通信で揃えた癌治療と看護に付いて、独り暮らしの部屋の中で勉強していたこともあった。

オーストラリアでは、通っていた英語学校が斡旋して、日本の元看護師や現看護師をホスピスで研修させるというプログラムに参加し、3ヶ月に渡るホスピスでの研修を受けた。その時の私の英語力は未熟だったので、実際にどのくらい研修内容のことを理解し得たかはいまだに不明だが、大部分は看護師という経験の中の予測で受け流した気がする。

研修が終わると、すぐにホスピス病棟へ出てのヴォランティア活動を始めた。
メルボルンの郊外は丘の上に建つ、それは文字通りの“ホスピス”で、医師から余命3ヶ月(だったと記憶する)と本人に告知された患者が対象で、積極的な病気への治療は行なわず、症状に対しての治療、特に疼痛のコントロールを積極的に行ない、リーガルなドラッグ使用にてのコントロールが中心であった。

病室へは、基本的に家族の面会は随時自由であり、なるべく患者と家族の好きなようにさせるよう、医療者が手助けをしていた。広いワンフロアーの病棟には、猫が数匹、小鳥も飼われており、また家からのペットの面会も自由であったので、私は暇を持て余すと、この猫や鳥達をよく撫でて歩いた。このホスピスの入所者は、メルボルンの街と同じく色が様々で、アジア人のおじいさんもいたし、白人の上品な女性もいた。

建物の中にはキリスト教の礼拝堂があるものの、そこは自由に出入りが出来、宗教の違う人、無宗教の人も色々であったし、神父や修道尼が歩き回ることもあるが、あくまでも個人の思いを主張しての訪問であった。普通の病院にあるようなリハビリ室やX-RAY室の代わりに、音楽療法(ミュージックセラピー)の部屋が設けられ、何百もの様々なテープやCDを持って、テラピストはいつでも入所者の元へと出向いた。また、週に一度はアートの時間が組み込まれており、私達ヴォランティアが中心になって入所者を、猫の寝そべるホールに集めては、一緒にチャーコルで絵を描いた。ある週は10人も、その翌週は3人、とホスピスであるだけに人の出入りも激しく、先週元気に一枚の花の絵を描き終えた女性が、今週にはもうどこにも姿が見えない、とそんな状況であった。絵を描く間はアロマテラピーで、気持をリラックスさせる香りが空気を彩り、ホール全体にはモーツアルトが流れていた。また、研修中にアロマテラピーとオイルを使用したマッサージも習得したので、入所者の希望があれば、手足のマッサージのみ(身体の中心へのマッサージは、高度な学習と訓練がいる為)行なった。

食事は毎回、選択になっており、前菜。メイン。デザートを3~4種類の中から入所者自身が選ぶことが出来たし、午前と午後にはコーヒー紅茶とビスケットが配られ、また夕食前には、食前酒も振る舞われた。

より家庭にいる状態に近く、そして安楽を求める入所者に、最大限それを提供しようというのが大きな目標であり、最大の目的は、疼痛のない苦しみのない、最期を過してもらうことである。
治療は全くしない、と言ったが、酸素マスクと、稀に吸引器(呼吸を妨げる口腔内、鼻腔内の不要物を取り除く為)だけは備えられていた。

日本に比べオーストラリアの文化背景から考えると、ホスピスは人々に自然に受け入れられやすい。

その理由は … 

1. 本人への病気、病状告知が必ずされる

2. 単一家族が殆どであり、子供がいても独り立ちしたら同居をしないのが常なので、病気になっても独居になりがちである

(独居となれば介護が必要であるが、末期となると、こういうホスピスが選ばれやすい)

3. 一人一人が自立して自己の生活を送っており、家族内であっても、家族の一員が病気になること=共倒れ にはならず、残った家族が今まで通りの生活を守って行く

(例えば、小さな子供を抱えた母親が末期であったとしても、その子供を支えながら彼女のパートナーは、彼女のいなくなった近未来を頭に入れた上で普通の生活を営む)

あと、宗教的なことが大きいのではないかと私はいつも思っていたのであるが、実際にキリスト教信者が多いものの、特に若者の多くは無神論者であり、この際に限り、宗教的観点からは省かせてもらう。

ホスピスが人々の生活の中に自然に受け入られている一番の根底は、死が自然に受け入られているからなのであろうと、考える。日本でもホスピスは増えてきたが、まだまだ特別なもの、少し不思議な存在、また、宗教と絡んでいないとそこには足を踏み入れられないような、そんな思いが、人々には実のところあるのではなかろうか?

猫が寝そべり欠伸をすると、木からぶら下がった鳥かごでオウムが鳴く、その横の部屋から、ひっそり運び出される入居者と、泣きながら肩を抱かれて歩く家族…

そんな光景が、毎日、繰り返されては過ぎて行く。
癌の告知について (第4章) 文化の違い (上)  _c0027188_17284763.jpg

by yayoitt | 2005-06-29 05:55 | 癌の告知に思う
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