TINA(ティナ)という猫の詩
先週の暮れ

年老いたご夫婦が

年老いた猫を連れて

最後となる、病院への訪問にやって来た。

年老いたご夫婦は、こう言った。

 もう私たちの年齢では

 新しい猫を迎えることはできないの

 Tina(ティナ)が、本当に最後のペットなの


それから約1時間後 …

強い風に押されるように、二人は何も持たずに帰って行った。

そのご主人(旦那様)からの、詩が届いたのは今日のこと。

もう二度と、動物とは暮らせないと決心しながら …
c0027188_642191.jpg


     TINA

 もちろん 彼女はそこにいない

 椅子のクッションに落ちている暗い影

 それは、何なのだろう … ただの影だ

 玄関ドアの窓に見える顔

 外の階段が映っているだけだ

 彼女は キッチンの床にいるの?

 彼女のご飯のお皿の横に?

 もっと欲しい とねだるのが大好きだった彼女の場所?

 いいや 彼女はもういない

 窓敷居に彼女がいるの?

 外を歩く犬や、ほかの猫たちを見ているの?

 今、ブラインドがかすかに動いたんじゃないだろうか?

 彼女はこうして

 私たちのもとに帰って来る

 私たちの 鮮明な記憶の中に

 五感の中に彼女は存在する

 けれど

 彼女の本当の不在というものを

 私たちは理解することができない

 私たちは

 消え去ることのない悲しみの中にいる


c0027188_6422167.jpg


とても心を動かされ

あなたと共有したいと願い、私なりに訳させて頂きました。

Tia よ … 安らかに眠っておくれ

ご主人様 … お2人のこれからの時間が平穏でありますことを
by yayoitt | 2013-12-09 06:17 | 動物病院レポート ケースから | Comments(13)
Commented at 2013-12-11 12:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Nero at 2013-12-12 03:16 x
我が家のシニアさんと重なって、とても人事に思えない。

今まで一緒に過ごした十年以上の暮らしで、たいした病気もせず、
今もすきあらば、下の子のごはんを盗み食いしようとするほどの食欲旺盛で(笑)
とても元気でいてくれているけど、15歳という年齢を考えると
お別れを告げるときが、遠い未来の出来事ではないんだなと考えさせられることがしばしば。

ただ、その来たるときをことを考えすぎて、怯えても仕方ないし、
今、一緒にいることの出来る時間を大切にし、
そのときは、笑顔で見送ってあげたいなって思ってるよ。
ああ、でもそんなに簡単なことじゃないんだよね。。。
私たち夫婦にとって、未体験の彼女のいない生活、
その空虚感って、想像を絶するなぁ。。

ティナ、優しく、責任感のあるご主人夫婦に可愛がられてよかったね。
ご夫婦に穏やかな時間が訪れますように。
Commented by yayoitt at 2013-12-12 03:46
鍵コメ at 2013-12-11 12:44 さん

愛する命の週末に近い時期を迎えると、本当に色々なことを
感じ、考え、そして選択するものなのでしょうね。

それが、利己的な感情的な選択ではなく、その命のことを思っての
利他的な愛情による選択であれば、あるほど、辛いものである
ことが多いのかも知れませんよね。

ご自分の選択を、信じて良いのだと思います。
どうか、鍵コメさんと、ウッキーとの心の言葉の会話に耳を傾けて
みて下さいね。他の人々(特に、鍵コメさん家族とウッキーのことを
知らない人々の話など)には、あまり振り回されなくて良いと
思います。

ウッキーは、鍵コメさんご家族の選択であれば、幸せですからね。

愛する家族の、愛情に満ちた選択だからこそ …。

見守っていますよ、
Commented by yayoitt at 2013-12-12 03:50
Neroさん

シニア犬、猫との生活の、終末期が近付いてくると、本当に、やっぱり
色々と、悩み苦しみ、恐れ、不安になり、悲しむのでしょうね …。

だけれども、必ずやって来る別れ ... なんですよね。
あぁ、頭でわかっていても、心が痛過ぎる …。

そうなんだよね。
その日、その瞬間のことを今から思い悩んでいても仕方がない、
この今、一瞬一瞬を幸せに楽しく笑って一緒に暮らすしかないよね。
鍵コメさんご夫婦の間には、いつも、あの子がいるんだね。
本当に、幸せだね!!
今を、今、一瞬一瞬を、楽しもうね。
私も自分に言い聞かせます。ふふふ

私も心から祈ります。
この、年老いた責任感の強いご夫婦の為に …。

ありがとうね。
Commented by HollyNoahDaisy at 2013-12-12 05:50 x
会社のお昼休み。回りにひとがいないことをいいことに、涙をぬぐってしまいました。

昨日まで、ついこの間まで、ここにいた仔の姿を追ってしまう。なぜ?どうしてあの仔がここにいないの?頭では理解していても心の中の大きな穴は、あの仔をこの胸にもう一度抱き締めないととうてい埋まらない。あの辛さ、悲しみ、虚無感。今でもひょっとしたときにあの時の自分に引き戻されそうで、正直言って怖いです。

諦めと現実は時の流れだけがもたらしてくれます。それまでの間は、Tinaの飼い主さんの詩のような時間がずっと、またはとぎれとぎれに流れていくんですね。もし近くにいたら、そのご夫妻を無言で抱きしめてあげたいです。
Commented by yayoitt at 2013-12-14 22:56
由喜さん

お返事が遅くなってごめんなさい。

私も、オフィスに掲げられているこの手紙を、涙なしでは読めま
せんでした …。

そうなのでしょうね。
頭では理解していることと、けれど、心が魂が悲しむ、感じる、喪失感
というのは、違うものであり、同時に共存しているんですよね。

年老いて、そして、今から動物と暮らすということは、動物にとって
決してフェアーではないかも知れない、と、その、愛する動物との
暮らしを、諦める … その愛情の深さ、責任の強さには
心から頭を下げる思いです。

由喜さん。

あたたかな、優しいメッセージを、本当にありがとうございます。
辛いですよね、虚無、喪失 ... 私も近い将来に味わうだろうけれど

その時に自分が、どんな風になってしまうかが、わかりません。
けれど、時間は過ぎて行くのですよね …。
Commented by 用務員E at 2013-12-16 10:06 x
yakkoさん、こんにちは。
先日5歳でイングリッシュポインターのゾーイを亡くしたというコメントをさせていただいた用務員Eです。

yakkoさんのブログでいつも疑問に思っていたのですが、
そちらでは病院で亡くなった子たちはそのまま病院が引き取って
火葬なりをするシステムなのですか?
日本では病院で亡くなっても家に連れ帰り家の者が火葬の手配をします。
連れ帰って固く冷たくなっていくゾーイを一晩見守るのは
それはそれは辛いことでしたが、いま思うとそれはある意味で
「癒し」であったような気もしているのです。
この感情がうまく伝わるか分かりませんが。
ゾーイを亡くすまでは、病院が引き取ってくれるシステムはいいなぁと思っていたのですが。
連れ帰るほうが良いか悪いかとかそういうつもりではなくて
国によってシステムは違うものなんだなぁと思ってコメントさせていただきました。

Commented by yayoitt at 2013-12-17 05:49
用務員Eさん

こんにちわ。
コメントを、本当にどうも、ありがとうございます。

こちらでは、ご家族が、その遺体をどうしたいかを尋ねて、
その意志に従っています。
動物病院がそれぞれ、契約をしている動物火葬会社があるので
もしもご主人が、それを希望されれば、ご主人はそこで、愛する子の
身体にさようならをして、病院を出て行かれます。
また、庭などがあるご主人は、そのまま遺体を持ち帰って、庭に
埋めたりされる方も多いです。

文化的な違いもあるだろうし、個人的な感じ方でもあるので
一概には言えませんが、魂が身体から離れてしまったら、そこにはもう
その命は宿っていない、という感じ方が主かもしれません。
とは言え、触りなれた、見慣れた愛おしい身体から、なかなか離れ
られずに、診察室を出られない方も多いですし、皆さんが、断腸の
思いでもって、病院を出られることには、日本も英国も変わりは
ないように思います。

本当に、そのご主人、個人個人の感じ方、考え方、決断、によって
様々なように思います。

こういうことって、とても興味深いですよね。
ご質問、ありがとうございます!!
Commented by 用務員E at 2013-12-17 09:48 x
yakkoさん、ありがとうございます。

>魂が身体から離れてしまったら、そこにはもう
>その命は宿っていない

実は私はこの考えに近いです。
私のパートナーはかなり長い間遺体から離れられずにいました。
カップルでもやはりそれぞれ考え方は違っていて
そういう時にはお互いの考えを尊重できればいいですね。

と言いつつ、私もいま骨壺をずっと手元に置いておきたい気持ちになっています。

>動物病院がそれぞれ、契約をしている動物火葬会社がある

これはとても良いことだと思います。
亡くなったコを目の前にネットなどで業者を探すのはとても辛い作業ですし、ほぼそれが初めての業者とのコンタクトになるのが当然ですから
悪徳業者かどうかも分からず対応してもらわないといけませんから。

最初のコメントで「癒し」と書いたのは少し語弊があるかなと思っています。
全然うまく言えないのですが、私のパートナーが遺体から離れられずにいたとき
納得できるまで遺体と一緒にいたことが最終的な「癒し」への小さな一日だったのかなと思いました。
まだまだ本当に傷が癒えるまでは長い道のりだとは思いますがその一歩があって良かったのではという気持ちです。
Commented by yayoitt at 2013-12-18 06:35
用務員Eさん

こちらこそ、本当に、ありがとうございます。
その、とてもお辛いご経験を、共有して頂き、心から、お2人の上に
平穏と慰めがありますことを … と祈ります。

そうですよね。
家族でも、パートナー同士でも、こういう時の選択、どうしたいのか、
ということへの思いには、違いがあるものですよね。
私は、まだ、愛する愛おおしい命との別れを経験していないので
自分が、その時に、どうしたいのか … というのは、正直、わからない
でいます。

旦那のことを考えても、彼がその時に、何を望むのか、は正直、
その時までわからないだろうと思っています。

動物病院側が、契約しているということで、信頼できるし、ことに
とても繊細で個人的な部分の選択なので、本来であれば、病院が
ご主人に ご希望でしたら という風にお勧めできる業者があったら
良いですよね。
Commented by yayoitt at 2013-12-18 06:35
続きます

癒し … わかるような気がします。
短時間の間に、それまで傍で生きていた愛する命が、次の瞬間には
 向こう側 に行ってしまうのですから、大好きな大好きな、その姿や
身体、毛並み、顔 … 傍にいて、ゆっくり時間をかけて、本当の
お別れをしたい、というお気持、それは、確かに癒しとなると思います。

本当に、時間でさえも、その寂しさや悲しみは癒しきれないでしょうし、
何を持っても 代わり にはならないけれど …

確かに、愛した、愛された命との、命の時間、歴史があり、あったこと、
それはとてもとても、幸せなことですよね。
時間の長い短いに関わらず、愛された、愛した命は、幸せですね。

どうも、本当にありがとうございます、用務員Eさん。
Commented by SALA at 2014-05-29 22:02 x
一昨日、18歳の愛猫が虹の橋へ旅立ったばかりで、Tinaの詩は自分の心の中そのもので、思わずまた涙がこぼれてしまいました。無理に忘れようとは思っていません。そこにいなくても、ずっとずっと私は彼を愛し続けて、彼のつぶらな瞳に見つめられている時の感覚のままいようと自然に思いました。飼い主さんと愛すべき尻尾たち。肉体は離れ離れになっても、魂はずっと繋がっている気がします。My dear sweet heart, pls RIP.
Commented by yayoitt at 2014-05-30 04:48
SALAさん

ブログに訪れてくださり、また、コメントを残して下さって、
本当に、ありがとうございます、とても嬉しいです。

あぁ … 愛する命を、見送られたばかりなのですね …。

この詩を訳すのに、実は、とても苦労をしました。
それは、このご主人の、Tinaへの思いが、あまりにも新鮮で
痛ましく、そして、あまりにも熱かったからです。

忘れることは、ありえないことですよね。
忘れられたら、どんなに楽だろうか ... けれど、私たちは、彼らを
忘れたりしないだけに、苦しむけれども、そこには、記憶の中に
彼らが生き続ける、証拠なのでしょうね。

そうですね、愛すべくシッポたち …。

私もそう、信じます。
強く強く、繋がっています。
とても神秘的で高貴な次元で … 魂と魂の間で。
そう繋がったなら、二度と、離れないです。

SALAさんの愛する彼(彼女)は、待っていますよ!
虹の橋の向こう側で … いつか、SALAさんに再会する日を …。

ありがとうございます。
<< ストレスに気が付くのは、いつも... クライド爺の木 >>