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豆にタコ
逆上がりができるようになった日のことは、一生、忘れない。

ショートパンツで、すっかり夕焼けた校庭の鉄棒。

富山湾へと流れる、近くの川の音が消えた瞬間。

鉄臭く、茶色に染まった手のひら。

それまで何度も、親指の内側の皮膚が剥けていた。

鼻の穴を膨らませて家に帰り、家族に報告する。

 あのな、今な、逆上がり、できたんやよ

夕飯の支度をする母の背中。

汗臭いままの父のふくらはぎ。

セーラー服を脱いだばかりの姉の頬。

優しく、笑ってくれた夜。

掘りごたつに12本の足を突っ込んだ夕食の時間。

何度も、何度も、手のひらを見る。

まだ、サビ臭い。

まだ、皮の擦りむけた後のバンドエードがくっ付いてる。

まだ、鼻は膨らんでいる。
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その頃から、手のひらには、6つずつ、合計12個の硬いものがある。

それを、豆だと呼んだ。

豆は、本当に小さな豆のようで、愛しかった。

安全ピンの先で掘り返したこともあった。

かったい豆。

いつも、父の手のひらに見つけたそれ。

それが、自分の小さな手のひらに、転がって動かない。

 どうか、それが消えてなくなりませんように ・・・ と祈った。

頑張ったしるし。

力があるしるし。

生きてるしるし。

少しだけ大きくなり、剣道を始めてから、豆は一向に動く気配もなく。

ずっとそこに、い続けた。

それが、とっても嬉しくて、時々、前歯で噛んだりしたもの。
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中学校の受験前になると、豆の存在を忘れた。

その代わりに、タコたるものが浮上した。

シャープペンシルを握る、蛍光ペンを持つ。

右手の人差し指の爪の斜め下あたり。

そして、親指に力を入れて握る癖から、親指の腹のとこ。

それは、タコって呼ばれて。

タコがあると、鼻が高い気がした。

事実とは別のところで、勉強してるんだって思えた。
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もっともっと、大きくなって ・・・

今。

肉体労働で、頑張る私の手のひらには、豆が散在。

少し柔らかくなったタコは、長い手紙を書くと、少しだけ痛む。

時代の流れと、コンピューターの発達で、タコはその存在を霞めてしまった。

逆上がりができた夜に見た、その手と同じ手。

その手は、愛おしい柔らかい毛を撫でる。
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皺くちゃになった手の甲は、それでもやっぱり、あの夜と、同じ手。

眩しそうに笑う母に。

えらく大声で笑った父に。

白いソックスを脱ぎ捨てて私を抱き上げた姉たちに。

鼻の穴を大きく膨らませて自慢した、あの手と、同じ。

皺くちゃだけど、大好きな、手。
by yayoitt | 2010-03-29 03:43 | 思い出
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