明けましておめでとうございます
皆様に、明けましておめでとうございます。

昨年の、このページでの皆様との出会いは、

1年の中で一番良かった出来事、と胸を張って言えます。

すっとこどっこい、すたこらさっさ、

色々な人生が、厚い雲の中に漂っています。

1人1人、全く違う人生を歩む私達が、ふとしたきっかけで、

ここで会えたのは、*風のいたずら*では、決してないような気がします。

あなたに出会えた2004年、そしてあたなと分かち合う2005年

素敵な年になるように…
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# by yayoitt | 2005-01-01 00:47 | 英国暮らしって... | Comments(0)
いっいぃ湯っだぁなぁあ はっはあぁはぁん
ダンディーからけ帰ってくると、セントラルヒーティングが壊れて動かなかった。
ガスマンを呼んで見に来てもらうと、部品の一部が壊れているという。応急処置をしてもらったが、問題がある。お湯が一杯に沸ききると、ヒーティングは自然と止まってしまうらしいのだ、だから、適宜に湯を使って欲しいということだ。
お湯を使う = お風呂の日
今年一年分の垢を、よっしゃぁ、流そうじゃぁないか。というわけで、昨夜はお風呂の夜と決まった。午後に近くの図書館から借りてきた単行本が3冊あるが、うっかりお湯に落としてベタベタに私ならし兼ねないので、マイケルに止められて止め、6月に成田空港で買った日本版ELLEを持ち出してお風呂へ。緑と青の混ざったバブルバス用ジェルを流してお湯を勢いよく落とす。熱めのお湯で、一気に“アクアマリン”と言うよりは“ニッキ”という感じの香りが漂った。香る湯気の中、ボチボチと服を脱いで足を入れてみたら、結構熱かった。
熱いお風呂と言うと、私の思い出は幼少の頃、真ん中の姉のことである。

姉と銭湯に行くと、私はいつも息を止めて彼女を見つめる瞬間があった。
銭湯の湯は煮えたぎっており、子供の私には、地獄の火の海の如く熱かった。
姉はこのお湯に、まず大きく息を吸ってそのまま止めて、地獄の海に一気に肩まで入るのだ。息をこらえて苦痛な表情を浮かべる姉はまるで、滝に打たれる修行僧のようでもあった。
2分くらいするとその修行僧は、白い肌を真っ赤にしながら、細く息を吐いて目を開ける。
悟りの域に入ったのだ。
私は湯船のタイルで出来た壁越しに聞いた“あっつくないの?”
“この方が、苦しみが短くって済むんやさ”と、修行僧は答えた。
苦しみなのだ、苦しみと戦っているのだ、と、まだジッとして動かない姉を見ながら思った。
私は、苦しみに耐える性格ではない、苦しみからその場限りでも逃げる、性格であるから、
この姉の“忍耐”する姿は今も忘れられずに、まぶたの裏辺りにしっかり染み付いてしまっている。

耐えることを嫌う私は、ジャンジャンと水でお湯をうめた後、ぬるめの泡の中へと身体をドロンと滑らした。ELLEでは、2004年のT-シャツ特集、冬のソナタのヨン様の記事などをぼんやりと見つめて、腕が疲れて片手でそれを持っていた時に、ドボン♪ やっぱり図書館の本でなくてよかった。雑誌を湯船の外に置いて、両足を広げておなかの上で手を組み、まるでそのまま立ち上がるとナイトクラブの前で立っている強面(こわおもて)のセキュリティーの兄ちゃんみたいだ。でも、裸だが…
… あぁ、足の爪ぇ、切らんとなぁ
… おなかの肉ぅ、切らん、いや、減らさんとなぁ
… 平らなダンボール尻、ビヨンセみたいなモッコリに、ならんかぁ
容姿に関する色々な思いをつらねては、来年から、来年から、とウトウトする。
““ 思ったことはすぐに実行すること ””私c0027188_20524431.jpgの2005年の第一の目標だ。でも、小学校の宿題「冬の友」で毎年同じこと書いてたはず、人生の目標ってわけだ。
# by yayoitt | 2004-12-31 20:47 | 思い出 | Comments(0)
アイ ラヴ ゴアテックス
c0027188_20552857.jpgダンディーから28日に帰って来た。5日ぶりの我がフラットは、隙間風で寒かった。ノーマンは、5日間の沢山の人々からの注目とおやつ(誰かが黙ってあげるおやつ)で、かなり疲れきったらしく、この2日間はほとんど眠って過ごしている。私とマイケルは、年内にしておかなければいけないことをボチボチやったり、苦手な人込みへ、覚悟を決めて繰り出し、半額セールとなったゴアテックスのウォータープルーフ(カッパ)を買いに出掛けたりした。私は、かなりゴアテックスへのこだわりが強く、その思い出は、10年ほど前に遡(さかのぼ)る。

毎夏、上高地経由の穂高岳行きを続けていたある夏の山荘。
その夏の山行きは、天候に恵まれずに雨ばかりだった。
高校時代の登山部所属の頃に、父親が高価なゴアテックス使用のウォータープルーフを買ってくれた。上下のそれは、さすがに保障付きだけあって、決してその中は濡れない。
雨ばかりの山荘で、他の登山者と同様、ビショビショになったそれをハンガーにかけて吊るしていた。翌日の早朝、山を下りるだけの予定の私達は遅めに行動することに、一晩吊る下げてあった何十枚ものカッパは数えるほど。??ない、ない、私のが、ない??
仕方なくしばらく待って、最後の1つが残るのを待った。私と同じ赤いそれは、ゴアテックスではないし、中の縫い目がほどけていた。誰かが間違えて私のを着て行ってしまったらしい…。外は大雨…仕方なく残ったその一枚を着て、山を下りた私。昨日はゴアテックスのお陰で濡れなかった服は、通気の悪さと雨がしみこんで、ベタベタになった。

それからというもの、いつかすっごくいいのを買うぞぉ!と、鼻の穴から熱い息を噴出していたのである。ゴアテックスの競争相手シンパテックス、どちらでもいいが、それ使用のカッパが欲しい!ここ数年毎年、マイケルと“セールになったら買おう、買おう”と言ってて買わなかった。だから金額的にも数年分の、いい物を買おう、ということでようやく今年のクリスマスセールで、買った。マイケルは、喜んで鼻歌歌いながら雨の中、パブに行ったり、買い物に着て行ったが、もう胸元に大きなシミを作りやがった。私はというと、どの晴れ晴れしい登場の日は特別な日に、ととっている。ゴアテックスとは、ブランドの名前ではなく、特別な通気性のあるメンブレン(膜)のことだ。シンパテックスも同じだ。
この膜は、1. 防水性 2. 防風性 3. 通気性 に優れていて、保障付であるから、
これが使用してある商品で1.2.3のどれかに問題があれば、ゴアテックス・シンパテックス会社が、お金を返してくれる。表面の(靴)皮や、(カッパ)生地は濡れても、その中にある膜が守ってくれるのだ。10年越しで思いを寄せて購入したウォータープルーフを、今度は絶対に、失くさないようにしなくてはならない。
♪あっめぇにぃー、濡れながぁぁあらぁぁ ♪
♪ピッチピッチ ジャブジャブ らんらんラン ♪
♪かぁえぇるぅのーぅうたぁがぁ… ♪

          雨の日が楽しくなるかも!
# by yayoitt | 2004-12-30 20:53 | やっこのファッション | Comments(0)
地球が向かう場所
26日に起きた地震と津波の被害状況は、毎日確実に広がっている。
津波は、多分、日本で多く発生する為か、英語でそれを表す単語はなく、TSUNAMI(ツナミ)と呼ぶ。台風も、TAIHOON(タイフーン)と呼ぶ。自然災害は、その規模がとてつもなく大きくて予想が付かないから、怖い。“地震、雷、火事、おやじ”
最近では、怖い“おやじ”は少なくなったものの、地震から起こる二次災害(火事、津波)は恐ろしい。私が怖いものに付け加えて、“家事”かもしれない…。地球上で人間が自然に及ぼす影響は常に大きくなるばかり。水質汚染、森林破壊、動物虐待
同じ1つの地球上で生き物が共存する上で、そのルールを侵しているのは、人間だけだ。
人間がもっとも高等動物と考えるのは、まだ早い。未来のことを考えてみても、今のまま自然破壊を進めた結果は、決して良いものにはならないことに、気が付かない人は少なくないのに、それでも、お金の為に破壊し続ける。果たして、本当の意味の、高等と言えるだろうか?宗教の為、欲の為、見栄の為、お金の為、喧嘩や殺し合いをするのは、人間だけだ。
最近大きな災害が、確実に増えているし、その規模も大きくなっている。多くの自然災害は、人間の自然破壊の結果によるものが多いことを、誰もが知っている。地震がそうなのか、どうかはわからないが、津波の被害の大きさに関しては多少なりとも森林破壊は影響する。
地球からの警告。
ここまで来た地球、今回のような、大きな被害と人々の尊い命の損失から、今後地球全体で学ぶ課題は、大きい。災害を予防するのではなく、根本を変えることによる防止策を、世界が一丸となって考えなくてはならない。京都条約で、大気汚染を減らす為の条約に、合衆国が経済への影響を理由に頑として反発したのは記憶に新しい。
お金では代えられない人の命…。地球は、どこに向かうのだろう?
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# by yayoitt | 2004-12-29 20:58 | やっこの思想 | Comments(0)
ダンディーユナイテッドの行方 2
スタジアムに近付く程、同じ方向へ急ぐ人の群れも膨らむ。
今日の相手の HIBS ヒッブズ はカトリック系のチームで、ここ最近の成績は好調、クラブはお金があって、また最近若い選手を沢山用意しているので、強敵である。それにしても、ダンディーユナイテッドのホーム戦だから、チャンスは五分五分といったとこかもしれない。
ヒッブズのファンは、エーディンバラからごっそりやって来た。カトリックの色(緑)と白がヒッブズの色で、スタジアムに向かう人々の半分以上は、緑と白の帽子やマフラーをしている。
ユナイテッドの色は、オレンジ(TANGERINE=タンジェリン)で、最近になってカトリック系なので緑もアウェィ戦では着る。スタジアムで、ユナイテッド側の入り口へ向かうと、一気に人の群れはオレンジに染まる。スタジアムに入って、沢山のユナイテッドを愛する人々があふれかえる中、コーヒーを買い、トイレに行って、よし、準備オッケー!今日は勝つぞ!
マイケルの緑の目が、興奮で潤んでいる。
私達は、ゴールの裏側ではなく、真ん中の低いところの席(こっちの方が安い)の空いているとこに座った。5年前に一回来たきりで、とても懐かしい。大きくはないけれど、スタジアムに入った瞬間に一面に広がる熱気と揺れ動く人々、その光景と感覚が私は大好きで、いつもゾゾッと鳥肌の立つ思いがして、肩をすぼめるのだ。向かって右側ゴール裏でヒッブズのファンが歌っている、左側ゴール裏ではユナイテッドファンが静かに座っている。ヒッブズのファンはその数も多いし、勢いがあり、熱いので有名だ。また、アウェイ戦にわざわざ足を運んでくるファンは、その中でも若く熱狂な人達。今日のヒッブズは白のストリップ(ユニフォームのトップ)で、ユナイテッドはいつものオレンジだ。私達の周りは、殆ど空席がないくらい埋まっている、しかもみんなユナイテッドファン♪こんにちわ♪こんにちわ♪世界のぉ国っからぁ♪ と、ニコニコして歌ってしまいそうになる。
ゲームが始まる。
突然、真後ろのおっさん、前のフードをほっかぶったおばさん、斜め後ろの兄ちゃん、皆がそれぞれに叫びだす。キックオフ7分後、ユナイテッドにチャンスが!アングルはかなり厳しいが強いシュートォ…一度シーンと静まり返り、その後一斉に私達は立ち上がって叫ぶ“オオオオォォオ!!!!”ユナイテッドのゴールであった、試合開始からたった7分のヴィクトリーはジェイソン(ユナイテッドの今一番のやり手)。鼻息荒立てたまま、ヒッブズのファンを見ると、ゴオオオオオオン…静まり返っている。はははははぁ、いいきみだぁ、いいきみだぁ、さっきまであんなに歌っていたのに、いいきみだぁ、ひっひっひっひ…ひっ?? その死んだように静かだったヒッブズが立ち上がって歌いだす。ヒッブズのゴール…、ユナイテッドのヴィクトリーはたったの4分間。今度はユナイテッド側、そう私達が死んだように静まり返った。
その静けさも束の間…今度は怒りの叫び声が私達の周りから、というかマイケルも怒って叫んでいる。というのも、私達の前にいるヒッブズの選手を、ユナイテッド側が誰一人マークしていないのだ。マネージャーがそれをちゃんと指示して、マークするように伝えなくてはいけないのに、全くその様子がない、だからファンが代わりに、選手を指差したりして叫んでいるのだが、マネージャーも選手も気付く様子がない。嫌な予感と怒りの中、ミッドフィルダーからのボールを受け取ったその選手、誰もマークしていないので悠々と暴走、2つ目のゴールとなった。こうなるとユナイテッドファンも怒りで湯気が立ち上がり、“FxxK”言葉が連発、子供達も周りにいることなど忘れている。その後もマネージャーは全く、そのヒッブズの選手をマークする指示する様子がない。明らかに、ファンから見ても、ファン素人の私でさえも気が付くのに、なぜ、マネージャーは気付かないのだろう??こうして1-2でセカンドハーフに突入、ユナイテッドは静かに怒るだけ、そしてヒッブズの3つ目のゴール!この時点で、数人のファンは席を立ってスタジアムを去って行った… 1-3
ユナイテッドは基本的に、1. 自信がない 2.クリエートできない 3.ディフェンスがなっていない。1-3なら、もしかしたら奇跡が起こるかもしれない、風のいたずらでちょっとボールがゴールに入ってくれるかも…バァーン!!
80分での、ヒッブズによる4つ目のゴール…周りで座っていたユナイテッドファンの半分以上が立ち上がり帰りだす。情けなさに涙が出てくる中、隣のマイケルを見ると、やっぱり涙を浮かべていた。マイケルは一言、“最近のユナイテッドには慣れてるけど…”
この悲惨なゲームがきっかけで、マネージャーは多分クビになると思われる。
すっかり暗い帰り道、雨も降ってきた、緑のファン達が歌う中、私達もオレンジのスタジアムを後にする。ホーム戦での悲惨な大敗は、やけにみじめだ。マイケル、来年は、ダンディーユナイテッドにとってきっと、いい年になるよ。でも、そんな慰め言葉はやっぱり“口からでまかせ”なので言えなかった。
ダンディーユナイテッド(我がチーム)1-4 ヒッブズ
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今年最後のパフォーマンスだった。
# by yayoitt | 2004-12-28 21:08 | 英国暮らしって... | Comments(0)
ダンディーユナイテッドの行方 1
昨日26日、クリスマスの翌日をボクシングデーと呼ぶ。なぜ、ボクシングデーと呼ぶのかは不確かだが、BOXING DAY。前日にプレゼントを開けて、翌日は沢山ボックスがあるから、という説もある。
27日、今日は、晴れ時々曇り、雨、そして風の、なんでもありのスコットランドは典型的な日となった。今日は、以前から計画していたサッカーの試合を見に行くこととなった。
ダンディーには、SPL(SCOTTISH PREMIER LEAGUE)12チームのうち、2チーム、DUNDEE と DUNDEE UNITED とがある。スコットランドのサッカーチームは、キリスト教の宗派の影響が強く残っていて、DUNDEE はプロテスタント、DUNDEE UNITED はカトリック系のチームという名目だ。もちろん、実際にはプレーヤーにもサポーターにも影響はないが、プロテスタントとカトリックの争いの如く、この2チームは、お互いにいがみ合い、嫌いあっている。エーディンバラにも2チームあって、ヒッブスと呼ばれる HIBERNIAN と HEARTS がある。HIBERNIAN とはアイリッシュ(アイルランド人、アイルランドの)という意味があり、アイルランドの強いカトリックが影響している。この2チームも、とても仲が悪くて、喧嘩が絶えない。もっと色濃く出ているのがグラスゴーのチーム、CELTIC(セルティック)と RANGERS(レンジャーズ)で、CELTIC はアイルランド系、カトリック系の最近数年トップを行くチームで、RANGERS はやはり最近トップを行く大きなチームで、この2チームの試合はセキュリティーが大規模にはられる。この、同じ街のチーム同士のこと、又はその試合のことを、ダービーという。スコットランドだけではなく、ダービーの試合はいつも大きな話題で、注目されるし、トラブルが多い。ファンもプレーヤーも、ダービーの試合では特に燃える、危険な試合なのだ。私がここ、スコットランドに来たばかりの頃、マイケルから真剣な顔である選択を求められた。“SPL はどのチームをサポートするか?”彼と共に、姉のジェニファーがそこにいたが、2人とも真剣である。それほどサッカーに興味のない彼女も、私がサポートするチームが誰かということには、かなり興味津々らしかった。
私は、彼らの意見をまず聞いた。
1. DUNDEE UNITED を選択してくれると、とっても嬉しい
マイケルもおっとさんもこのチームを愛してやまないのだ。
2. 絶対に、RANGERS(レンジャーズ)はダメ
SPLで一番お金があり、大きなチーム、それだけに鼻高々で、自分が最高といつも思っている、レンジャーズファン以外は、サッカーファン誰もがとても嫌っている、イギリスのマンチェスターユナイテッドの様な存在
3. 絶対に、DUNDEE はダメ、死んでもダメ、あり得ない
4. セルティックなら、許すけど嬉しくはない
…私の意見は、こうだ。
条件1: “UNDER DOG”負け犬チームであること
私は、弱い小さなチームが細々と、危ない橋を渡りながら生きていくのを応援するのが好きなのだ
条件2: 旦那の家から、勘当(かんどう)されたくないこと
こうなると一気に選択は一つに決まってくる。
話を聞いても、ここ最近のDUNDEE UNITEDは私の条件1にピッタリ、それに勘当どころか、家族から愛される♪♪私のサポートするチームは決定した。

☆☆ DUNDEE UNITED ☆☆

ところがこのチームは、危ない橋を渡るどころでは、実はないのである。
1983年、スコットランドのリーグで優勝、1987年、UEFAカップで決勝戦まで行った、輝かしい過去を持つこのチームであるが、その後のチームはプレミアムリーグにはいるものの、
去年は第5位(今の彼らでは好成績)、今年は常に最下位なのである。マイケルとおっとさん達が、このチームを応援するきっかけ、何故ダンディーを選ばなかったか?おっとさんは、実は若かりし頃にダンディーユナイテッドにスカウトされて入部していたのだ。結局、ゲームに出る機会が無いまま1年半の在籍で退部してしまった。それからずっと、おっとさんはユナイテッドファン、そして彼の1人息子もやはり、ユナイテッドファンとなったのだ。マイケルの、チームに思う気持ちはとっても強くて熱いが、最近の出来の悪さに、かなり心を痛めている。
サッカーチームは、結局、クラブにお金があるか無いかで、その将来は大きく変わってくるのだ。そう、スポーツと言えど、その芯は、ビジネスなのである。私のユナイテッドに対する思いも、同情が加わって益々、大きくなって行った。そのチームの、ホームでの試合、相手はエーディンバラの ヒッブズ HIBERNIANである。空を仰ぐと、雲行きが怪しく、暗いどっかりした厚い低気圧の塊りが漂っている。何となく嫌な予感を抱えて、マイケルと2人、1時間余りの道を歩いた。
                     続く
# by yayoitt | 2004-12-27 21:09 | 英国暮らしって... | Comments(0)
ウン付き の ホリデー
23日の午後早くに、エーディンバラを出発、電車に乗って、マイケルとノーマンと私は、ダンディーに向かった。今回、このクリスマスホリデーは、私がプー太郎のお陰で、丸5日間と長くとることが出来た。クリスマス直前の電車は、帰省ラッシュでごった返すのが常。私達は、ノーマンの為にも、ちゃんと席を確保しなければならないと、前もってインターネットで予約をした。沢山の荷物を抱える人々、駅の中は、案の定カラフルな笑顔の人々の山、山、山。背の高い、大きな肩、大きな赤いコート、強い香水の香り、それらを潜り抜け、私達は、チケットを持ってプラットホームへと向かった。ホームには、既に電車が待っていたが、ドアはまだ開いておらずに、人が列を作って待っていた。私とマイケルは、チケットを確認した。
私達の予約した席はぁ…、“コーチDの、シート36、37”
停まっている電車は、3両編成であったので、2人とも??と思いながらも、歩いていった。
コーチA、もちろん次はコーチB、その次は??、やっぱりコーチC。
あれ?もう車両がない!Dは一体、どこに行ったの?
沢山の?を抱えて、ノーマンを連れ、荷物と格闘しながら、ウロウロ歩き回る。
すると、向こうから、もう2両電車がやってきて、停まっていた3両に繋がられた。
2人とも胸をなでおろし、その2両を見て廻る。
コーチA…、悪い予感がする…、コーチB…、やっぱりそうだ。
コーチDは、一体全体、どこにあるのだろう?
どの入り口も乗客の長い列、私達も取り敢えず、側の入り口から中に乗り込んだ。結局、コーチDなどないまま、電車は出発、仕方無しに、空いている席に座った。日本でこんなことがあれば、ちょっと驚くくらいでは済まないだろうが、こちらの公共バス、電車のシステムは、
非常に悪いことで有名で、遅れたりキャンセルは日常茶飯事、だから予約席が存在しないことくらいで、私達も、驚いたり、憤慨する気にはなれないのだ。とにかく席に座れたし、そこがファーストクラスの席であっても、文句は言われない。周りをよく見ると、どうやら、予約のカードなど一枚もなく(予約席には、どこからどこまでの予約、と書かれたカードが立てられるのだ)、どうやらこりゃどうも、予約しても実際に予約席は確保されていないらしいのだ。憤慨もせず、チケットを確認しに来た車掌の女性も何も言わなかった。ウンが悪く思えて、結果はそうも悪くなくって良かったし、スコッツレイルにウンもクソもないのかもしれない。ダンディーでの5日間のうち、外に出たのは、ノーマンの散歩を省くとほんの数回。その数回のうち、私はみごとに3回も、犬のウンチを踏んでしまった。毎回、気付かないので、家に帰ってから外で靴の裏を見ると、ひゃぁぁ、ウンコだ!さすがに2回目は気をつけて、前をよく見て歩く。
家に着き、自信を持っていさぎよく靴の裏を見ると、ひゃぁぁああぁ、ウンコだ!こうなったら絶対に3回目はあってはならないだろう、ありえないだろう。おっかさんの車椅子をマイケルが押し、私がノーマンを連れての散歩の帰り、ちょっと後ろにいるおっかさんとマイケルを振り返ったその時!ひゃぁぁああああぁああぁ!ウンコ、踏んだぁ!
全く、ウンの付き放題の休暇となってしまった、いかにも私らしいのが悲しいが。
# by yayoitt | 2004-12-26 21:14 | 英国暮らしって... | Comments(0)
メリークリスマス in ダンディー
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24日はイブの夜、マイケルと私は、11時半から30分だけの教会のサービスに出掛けた。
大きな古い、高い天井を持つ教会のホールには、約150人ほどの人が集っていた。幾つもの賛美歌と、牧師さんの話、そして牧師さんが言う。“僕の時計では、今、ちょうど、零時です、メリークリスマス!”その言葉を合図にして、長椅子に掛けている人々皆が、周りの人々と握手をし、またはキスをし、“メリークリスマス”“ハッピークリスマス”とささやき合う。
私達もキスをし、周りに座っていた人達と握手した。見知らぬ人同士が、ウィンクして微笑みあう、この瞬間が私は大好きなのである。
クリスマスの朝は、透き通る青い空で、とっても寒かった。昨夜、一面に霜が降りて、うっすら白く染まっていた。ホワイトクリスマスだ!クリスマスの朝は、ツリーの下に置かれたプレゼントを開ける。子供達にとって、イブからクリスマスにかけてのこの夜が、長くて仕方がないらしい。待ち切れないけど、待たなくてはいけないからだ。私もマイケルも、子供と一緒で、このプレゼント交換が楽しみで楽しみでたまらない。ツリーの下には、ざっと数えても60個はボトルの形、本の形、箱に入った物、様々なプレゼントがあった。簡単な朝食を終えて、さぁ、プレゼントを開ける時が来た。まずマイケルが、おっかさん、おっとさん、私、マイケル、ノーマンそれぞれへのプレゼントを、座っているその椅子の周りに分けて置く。マイケルはいつも仕切りをするのが楽しみのようだ。おっかさんは毎年、一番数多く、プレゼントを受け取る。ノーマンは一個。私とマイケルは、2人両方へのプレゼントも合わせても、おっかさんのそれ比べると、3分の1くらいだ。順番に1人、1個づつ開けていく。11時半から始まったこの年間ファミリー行事、終わったのは1時をとうに過ぎていた。でも、マイケルの姉のジェニファーは、明日この家に来るので、彼女達夫婦からのプレゼントは明日開けることとなる。前もって注文していたプレセントに加え、サプライズ(びっくりさせる)プレゼントが幾つもあって、みんな、驚いたり笑ったり、これなんなのかな?と首を傾げたりもして楽しく過ごした。それぞれがもらったプレゼントは、そのままそこに置いて、明日、ジェニファー夫婦やおばさんが来た時に、誰が何をもらった、と言っては説明することとなっている。クリスマスは、どのお店や商売もお休み、通りを歩く人も殆どない。犬の散歩で、鼻歌を歌いながら歩く人がいるだけだ。私も、ノーマンと散歩に出掛け、ウンチを拾いながら♪走れ、橇(ソリ)よぉ♪などと歌っていた。どの家からも、優しい灯りが漏れ、ターキー(七面鳥)の香りが漂い、窓辺のツリーが煌いている。
前に、こんな話を聞いたことがある。
“英国で、クリスマスの時期、自殺する人の数は激減する”と。日照時間が短くて暗く、寒く、じめじめした日の多いこの国の冬、鬱(うつ)になりやすいのは冬。でも、この家族が集まり、皆が幸せな気分になるクリスマスの時期には、人生が嫌になった人も、ドラッグの中毒で、家族も家も仕事もなくしたホームレスの人も、それぞれが、昔に味わった、温かいクリスマスの思い出に、心も身体も、あったまるのかもしれない。私をグイグイ引っ張る愛しいノーマンを眺め、星を見上げて家々の灯りに目を向ける。この夜が、世界中の一人一人の上に、平等に温かく優しく、訪れてくれる日が来ることを、願わずにはいられなかった。

         ☆ ☆ ☆ メリークリスマス ☆ ☆ ☆
# by yayoitt | 2004-12-25 21:16 | 英国暮らしって... | Comments(0)
クリスマスイブ in ダンディー
昨日23日に、ダンディーはおっとさん、おっかさんの家に到着。ダンディーは、ここエーディンバラから電車で1時間15分ほどの所にある、大きなテー川を望む、スコットランドは、第4番目の大都市である。
3つの“J”で有名、と言われたこの都市 … 
1. 作物を入れる袋(サック)に使われるジュート、
2. ジャーナリズム(新聞や雑誌などを含む)、
3. ジャム(イチゴジャムや色々なベリージャム)、
昔は、大きなジュート工場でとても栄えていた街だが、時代と共にその輝きは衰え、今のダンディーは、2つある大学の学生達でにぎわう他は、余りパッとしない街のひとつとなってしまった。そんな街だが、私にとっては、おっとさん、おっかさんの待つ、そしてマイケルの生まれ育ったいとおしい街だ。イブのこの日は、殆どのお店やレストランが早くに店を閉める。そして25日は、どんな店やレストランもお休みである。私とマイケルは、朝遅めに(いつものことだが)起きて、家から近くの小さな商店街へと足を延ばした。日本の両親から、おっとさんとおっかさんに、花束をプレゼントしてくれるように頼まれていたのだ。天候は今ひとつ、小雨の振る中、帽子をかぶって2人で出掛けた。商店街には一軒、花屋さんがある。両親から“おおせつかった”“5千円くらい”の花束…花屋に入ってまず目に付いた、£30と書かれたカードの貼られた花束だった。お店のお姉ちゃんが、すぐに“これ、安くして£25でいいわよ”と指差したのがその花束。大きなユリのつぼみが沢山あり、そこに、真紅のカーネーションとバラ、黄色いバラに、小さな白と黄色の菊があった。色的には、上出来だったし、状態もいい、綺麗でよかった。おっかさんは、紫(むらさき)という色が大嫌いな人で、絶対に持ち物や花は、紫タブーと決まっているのだ。£25は約5千円、しかも£5(千円)バーゲンで満足した私とマイケル、早速その花束を購入。雨の振る中、なるべく花束を濡らさないように歩いたが、家に着く頃、表のセロハンやリボンはぐしゃぐしゃに濡れていた。家に着くと同時に、私はおっとさん、おっかさんに“ただいま”だけ言い、花束を見られない様にそそくさと、再び玄関の外に出た。
玄関の前に花束を置き、ピンポーン♪とチャイムを鳴らし、またこそどろの如く走って裏口から中に入る。おっとさんが、玄関の戸を開け、しゃがんで花束を抱え上げるのを、中からクックックと見ていた。おっとさんの肩が、笑いで揺れるのがわかる。花束の中には、カードが入っており、私の両親の名前が書かれているのだ。おっとさんは、ニコニコ笑いながらそれを抱えて、“これは驚き!日本から届いたよぉ”と応接間のおっかさんの元に来て、花束を、車椅子のおっかさんの見せた。2人とも嬉しそうに“綺麗だ”“綺麗だ”とひとしきり鑑賞した後、私は花束を風呂場にいったん据えておいた。それから、午後はひとしきり、お客さんの訪問。
新しいお客さんが来る度に、お茶を入れ直し、私も旦那もおっとさんもお茶を飲んだ。まず、おっかさんのお姉さんのドロシーおばさんが来た。おしゃべりの大好きな彼女が去ると、チャイムが鳴って、今度はおっかさんの昔一緒に働いていた女性ジェニファーが来た。また色々おしゃべりが弾むのを、ソファーに座って聞いていた。彼女が去ると同時に、今度は、ドロシーの娘のアリソン(マイケルのいとこ)が来て、携帯でお母さんを呼び出し、ドロシーおばさんが戻って来た。一時間もすると、キス、キス、で“良いクリスマスを!”と言ってお別れをして彼女達が去っていった。ホッとしたのもつかの間、またチャイム♪が、今度はおっとさんの警察官時代の同僚夫婦、ボブとメアリー。私はもっぱら、お茶を入れ、カップを洗い、お茶を入れる。親しい人達に会いに行く、そう、クリスマスは、まるで日本のお正月なのだ。応接間には、いつものクリスマスツリーが飾られ、ツリーの下には、明日の朝、皆で開けるプレゼントが並んでいる。私達が持って来たプレゼントも、全部、並べた。プレゼントは、家族同士、そしておっとさんおっかさんの親しい友人やケアラー(おっかさんの世話に来てくれる)から。
今夜の夕食は、おっかさんの指示による、おっとさん手作りのベジタブルラザニアだ。クリスマスの天気予報は、北の方ではホワイトクリスマス、もしかするとここでも雪が降るかも?
おっかさんと一緒に私はキッチンで、私の両親からの花束と、おっかさんの友人が持って来てくれた花束を、それぞれガラスの花瓶に、綺麗に据え直した。一本一本、おっかさんに“ここでいい?”“この長さでいい?”と聞きながらのアレンジである。車椅子生活になる前は、何でも家の中のことは1人で完璧に仕切ってきたおっかさん。両手両足が不自由になった今、自分で直接手を下せないのが、どれほど悲しいことか、特に、クリスマスになると彼女が少し落ち込む理由が痛いほどわかる。
今年もめぐってきたクリスマス♪
家族みんなで過ごすクリスマス♪
今夜は11時半から始まる、キリスト教会でのサービスに、旦那と出掛ける予定だ。
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現在私も旦那も、クリスチャンではないけれど、このサービスは好きで、前にも一回行ったのだ。
# by yayoitt | 2004-12-24 02:13 | 英国暮らしって... | Comments(0)
私の嫌いな、英語の会話
英語でよく使われる、しかも、形容詞として頻繁に使う人もいる単語。英語圏では男性も女性も、誰もが使うが、時としてそれは汚く、時におかしく、そして恥ずかしい言葉。
“ FUCK ” ファック である。
思い切って書いてしまったが、文字にするのにかなり抵抗を感じる単語だ。日本語には、これに当てはまる言葉はない、と私は思う。使い方や、その使う時の状況から判断して、一番近いのが、“くそ”じゃないだろうか。
*** バスに乗ってから思い出す、しまった、大事な書類を忘れた!
 ファック!
*** 奥さんが大切にしているグラスを落として割ってしまった!
 ファック!
*** 車に戻って、中に鍵を刺したまま、ロックしたことに気が付いた!
 ファーック!
そう、思わず出てしまう ファック は、誰でも使う。でも私が嫌いなのは、時にこの ファック を、まるで形容詞代わりに、しかも単語の前に付けて喋る人。聞いてて、とにかく聞き苦しい。
公共の場所でも、グラスを割ってうっかり言ってしまう ファック でも、周りから白い目で見られる。他人の前で、言う言葉では、ないのだ。それを、バスの中での友人との会話で、やたらと繰り返す人がいる。もう癖になっているのだろうが、そうやって注目を得たいのかもしれないし、かっこいいと勘違いしているのかもしれない。この ファック を、形容詞のように使う場合、ING が付いて、FUCKING ファッキング になる。

ちょっと彼らの会話を聞いてみよう…

“ IT’S FUCKING COLD DAY!! ”
“ YEAH,FUCKING MISERABLE ”
“ I WAS SO FUCKING IRRITATED BY A FUCKING BUS DRIVER 
YESTERDAY! ”
“ HE WAS FUCKING STUPID,FUCKING TOLD ME TO FUCKING STOP FUCKING SMOKING IN THE FUCKING BUS! ”

大袈裟にふんだんに使ってみたが、この程度に実際使う人は、いるのである。この ファッキング を、“ くそ ”に訳して、全文を日本語に訳してみよう。

“ あぁ、本当に くそ寒い日ですねぇ ”
“ うん、くそどうしようもない日ですこと ”
“ 昨日、バスのくそ運転手に、くそっぱらが立ったんでございますのよ ” 
“ その運ちゃん、くそ馬鹿でいらしてね、くそバスの中で、くそタバコを吸うのを、くそやめろ、なんて、くそ言いなさるんですものぉ ” 

何か、日本語にすると、笑える、かわいいとさえ思える。でも、絶対にかっこよくなんかはない。絶対にクールなんかじゃない。テレビでも映画でも、またEMINEM(エミネム)の歌の中でも、この言葉が使われる部分は、ピーッと音が入るか、それか言葉が消してあることが多い。映画だと、丸18の成人映画に値する。この言葉を、公共の場で、聞かされる精神的苦痛は大きい。
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クリスマスイブを目前に、こんな品のない話題を持ち上げてしまい、お詫び申し上げます。
 くそ やら、ファック やら、お下品でごめんなさい。
ところで、やっこは明日(23日)から、火曜日(28日)までダンディーの、おっとさん、おっかさんの所で過ごします。皆へのクリスマスプレゼントを背負い、旦那を連れ?ノーマンを連れ、行ってきます。皆様、どうぞ、よいクリスマスをお過ごしください。ケーキの食べすぎ、注意です。
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でも、ダイエットは、お正月明けから始めたらいいさ、ね?
# by yayoitt | 2004-12-23 02:17 | English | Comments(0)
やっこ、顎(あご)はずれる
今日は、朝の9時から歯医者の予約があった。私は、とにかく歯医者に行くのが嫌いで嫌いで、究極の選択で、歯医者通いと10日間の断食だったら、考えもせず喜んで断食をとるくらい、怖くて怖くて仕方がない。何が怖いかというと、ドリル(歯を削る道具)が、怖いのだ。削っている間、痛みが来るかも知れないし、来ないかも知れない。その曖昧な、そして削られている間中、今来るか?今、電気がビリッと走るか?と、身体全身を硬直させて、それに対応しなくてはならない、その精神的苦痛が恐ろしい。前回、レントゲン写真を撮って歯医者に行った時は、結局、歯肉の膿胞がある為に、歯医者ではなく、デンタルホスピタル(歯科専門病院)に行くこととなった。これは、順番待ちなので、今のところ約6ヶ月待ちと、聞かされている。
そう、何でもこの国は、順番、なのである。
というわけで、今日の歯医者では、簡単な治療(歯2箇所の治療)のみとなった。昨夜は、何度も目を覚ましては歯医者のことを考え、うつらうつらしては歯医者の夢を見た。今朝は、くくられる首を綺麗に洗うがごとく歯磨きを念入りにし、熱いシャワーを浴びて、身体全身を清める。大袈裟ではない、本当に、私にとっての歯医者通いは、一大事なのだ。歯医者で、笑顔で迎える女性の医師に説明した“注射は全然怖くないけど、ドリルが死ぬほど怖い”と。
彼女は、“もちろん、必ずドリルの前に注射はするわよ、大丈夫、私達そんな悪魔みたいなことしないから”悪魔どころか、彼女は白衣の天使に見えた。注射が終わり、唇がカーッと熱くなって、いかりや長助の様に膨らんでくる感じがした。
9時15分、治療が始まった。ドリルで削る間は、やはり緊張してはいたものの、全く痛みはなかった。何回か途中で、口をゆすぐように言われたが、いかりや長助の唇では、水をほおばることすら出来ず、コップの水を口に入れたと同時、ダーッ!と垂れ流してしまう。また横になり、削ったり、こめてもらったりする間、頭の中で歌を歌う。
♪いっかりや長助、あったまが、パー♪なんでこんな歌を歌ってしまうのかわからないし、情けないが、他人には聞こえないので仕方がなく歌い続けた。
突然、長さん、棒を持って聞いてくる。“オイーッス” 私が答える “オイーッス”長さん、棒で床を叩きながら、“声が小さい!オイーッス!”8時だよ全員集合の、舞台の上の長さんは叫び続けた。10時ちょっと前に、治療が終わった。
思わず、笑顔の歯医者の彼女に、“オイーッス”と挨拶しそうになったが、グイーンと起き上がる椅子に座ったまま、口を閉じて溜息を吐こうとしたその瞬間、“ウッ!痛い!あ、あ、あごが、痛い!口が閉じない!”右側の顎関節に痛みが走る。く、く、口が閉じない。
いかりや長助、口を開けたまま、かわいいお医者さんにお礼を言う。
“ハンキューフエリーマッヒ”
大丈夫?大丈夫?と聞かれながらも、私は“ちょっとあほはいはいはへ”
(ちょっと顎がいたいだけ)と説明し、ハフハフ言いながら、口をおっぴろげたまま外に出た。
以前にも歯医者で、こういう風に痛いことがあったけど、時間が経ったら治ったし…。なんとか口を閉じようとするけど、明らかに、右側に顔がゆがんでいるのが自分でもよくわかり、長さんの口は、閉じられなかった。帰り道、開いたままの口をティッシュで隠しながら、痛みをこらえる。家に帰ったら、ハヒハヒと、マイケルに説明しなくてはならない。一時間ずっと、いかりや長助頭がパー、の歌を歌っていたことは黙っていよう、説明が長くなるし。それにしても、顎が痛い、何とか口を閉じたいけど、こう右側に顎を回してぇ…
クリック!!
大きな音と共に、口が閉じた、と同時に痛みも嘘のように消え去った。ただ単に、顎が固まっていたかと思ったけれど、こりゃどうも、顎が外れていたらしい。でも、自分で治したらしい!よかった、よかった、マイケルにハフハフ言わなくても済む。
いかりや長助、あったまが、ドッカーン!!
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# by yayoitt | 2004-12-22 02:23 | 英国暮らしって... | Comments(0)
恋人達の季節 それから
夏の穂高での再会、そしてその後1年、私とその人はもう一度会うようになった。
2人の間に広がる林や山々、そして幾つもの街を越えて、変わり行く季節を眺めていた。
林道に広がる白樺並木が燃える、青空が遠ざかる、あの人に会える…
でも、お互いに違う街で、違う世界で過ごす時間が重なれば重なるほど、少しずつ疲れていった。あの夏の日を、ダイナミックな山々の景色に溶け込む笑顔を、思い出しては、今の現実に心が痛む。2人とも、口には出さなかったけれど、すれ違う心の行方を、辛いほど感じていた。もともと、2人の間には、同じ未来や将来といったもののなかった恋、自由だけが、ただ漠然と宙に広がるその恋を、守る確かな支えは、2人の心にしかなかった。
その心が、少しずつ疲れてしまっていた。会えない時間と距離、空間と静寂、それに負けない思いを持ち続ける勇気、怖がりで寂しがりやで、確かな目に見えるものを信じたい私には、なかった。
ある日、明るい陽射しがふりそそぐ駅の片隅で、最後の時を散り終えた。
二度目の別れ、今度こそ決別であることを知ってはいたけれど、疲労感と満足感に満ち溢れた、不思議な気分だったことは確かだ。それほどに、やっぱり疲れていたんだな、としみじみ感じた。人間、楽しかったことや幸せなことは、失ってから気付くことが多い。その上、その幸せな記憶を求めて、もう一度あの幸福感を味わいたいと、同じことをしてみても、一度目のような興奮と幸福感は味わえずに、がっかりすることが常である。恋愛も同じなのかもしれない。2人で過ごした田舎町の思い出、それは、やっぱり繰り返してはいけなかったのだ。
繰り返したら、その大切な思い出までが、ガラスに息を吐いて曇るがごとく、ぼやけて何も幸せな記憶を思い出せなくなってしまうから。私は、この恋の真っ只中にあって、“この恋が一生の中の、大きな大きな思い出”となることに気付いていた。だから、遠距離をしながら2人が、疲れ果ててしまう前に、ブッツリと終わらせたかった。どうせ2人では、一緒に生きない恋愛なのだから、せめて大きな思い出を焼き付けたかった。思い出の中で生きるなんて、本当は悲しいことなのかも知れない。でも、ただちょっと心の引き出しを開けるだけで会える、そんな恋があってもいいかな、と思う。もしかしたら、人にはそれぞれ、そんな引き出しに隠れた思い出があるのではないだろうか…。その引き出しは、未来への心の支え、過去からの心の安楽。一秒一秒、刻まれている、あなたという証(あかし)。
# by yayoitt | 2004-12-21 02:32 | 穂高の恋人達 | Comments(0)
優しい、あなたに一言
色々、心配をおかけしました。皆さんからの、沢山の励ましの言葉、本当に、心の奥底にジーンとしみました。ここで出会えた、日本にいる友よ!感謝しております。また、ここで出会えた、英国に住む友よ!感謝しています。日本で出会った、そしてここに来てくれている友よ、今も変わらず、あなた達のことをいつも思っています。そして、このページを通じて、英国暮らしに花を咲かせてくれているすぐ近くにいる友よ!大好きですぅ。来年、私達の元にやってくる友もいます。まだお話していなくても、いつも来てくれる、見知らぬ友もいるかも。沢山の友と、そのまた友達よ、大きな輪の中で、笑ったり怒ったり泣いたり、誰かの人生の、その一ページに足跡を残せるって、凄いことだなぁ。本当にあなたは優しい人、どうも、ありがとう。

あなたに、メリークリスマス♪
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# by yayoitt | 2004-12-20 02:34 | やっこの思想 | Comments(0)
恋人達の季節 穂高岳 3
涸沢に到着した頃、既に午後の3時を廻っていた。山の上で、日没は急にやってくるから、常に数時間は、早め早めに行動しておかなくてはならない。ちょっとした時間の遅れが、取り返しの付かない事故や事態を引き起こすからだ。
ヒュッテの前では、数人の男の人が私達を出迎えてくれたが、彼らは大学の医学生達で、
夏の間を、医師や看護学生と共に山の診療所で過ごしながら、色々な経験を積んでいるのだ。笑顔のあの人は、彼と一緒に山を降りてきてくれた学生達に、私の同僚2人のリュックをおねるよう指示し、彼は私の、重い“飛騨牛”の入ったリュックを私から優しく下ろし、自分の肩に下げてポケットに両手を入れ歩き始めた。ここから険しいザイデングラードを登って診療所に着くには、約2時間近くかかる。到着は5時を廻ってしまうが、それ以上の時間のロスは避けたいと、彼が私達に説明する。水を口いっぱいに含み、大きな瞳で“ソフトクリーム、ソフトクリーム!”と叫ぶ私と同僚達をなだめ、ソフトクリームを食べたらすぐ出発と彼は私達に約束し、私達は飛び上がり、リュックを他人に預けて身軽になったものだから、軽々と岩のごつごつした道をヒュッテに向かって走り出した。
“あ、あぁぁぁぁぁあ”また、同僚のピーちゃんが立ち止まった。
鼻を彼女の背中にぶつけながら私も止まる“何々?どうしたの?”
彼女が泣きそうな声で、指をさす方へ目をやると、「本日のソフトクリーム、終了」とヒュッテの窓ガラスに大きな貼り紙がしてあった。肩を落として私達3人は、こちらを見ている彼と学生、そして2人の友人の方へショボショボ帰って行った。
“ソフトクリーム売り切れやって、はい、行きましょう…”
すると誰かが言った“今晩の夕食は、皆で飛騨牛の石焼きやで!”
触覚がピーンと立ち上がった女性3人が、再び元気を取り戻し、“焼肉、焼肉、焼肉”と繰り返す。涸沢の赤や黄色、緑のテントがポツポツと点在する様子を、徐々に遠くに見下ろしながら、私達8人は、ただただ険しいザイテングラードに近付く山道を登って行った。今回の登山、女性は、私と同僚2人であったが、1人はピーちゃんで私と2つ違い、もう1人は、私とピーちゃんの働く病棟の係長さんで、私達と同じくらいの娘さんや息子さんがみえた。この女性は、年齢の違いに関係なく、私の大親友の1人と言える人で、私は他の誰にも出来ない話も、彼女だけには全て話していたし、彼女はいつも奔放的な意見を私に言ってくれるのだった。日本にいる間、彼女ともう1人、私よりひとまわりほど年上の同僚の女性の親友がいて、
毎月“美女3人会”と名づけては、この3人で夕食を食べに行ったり、何かとちょこちょこ集まっては、コーヒーを飲みながら話をしたりしていた。不思議な運命で結ばれたこの友情であるが、とても強くて、でも束縛しあわず、ただ力となる、かけがえのない友達なのである。2人は、2008年に、2人でスコットランドへ来るぞ!と約束してくれているので、私もその時までは、あきらめずにスコットランドでの生活を続けていなくてはならないと、思っている。
涸沢から360度グルリとそそり立つ、前穂高岳、奥穂高岳や涸沢岳、私達の目指す診療所は、奥穂高岳と涸沢岳の間の“コル”(ちょうど馬の背中の様に、低く平らになった部分)にある。ザイテングラードは、岩ばかりの道で、3点方式(必ず四肢の3つが岩につかまっている状態)で登っていかないと危険な道である。油断すると、滑落して命を落としかねない場所が沢山あるのだ。私が、高山を彼が去る時に、お別れのプレゼントとしてあげた緑の山シャツを着て、先頭を彼が進む。仕事場でずっと見ていた姿、小さな田舎町で見慣れていた後ろ姿、そして、初めての夏の彼の自由な姿を見ていた。
私の記憶のその人は、いつも全速力で生きていた。
人間関係も、仕事も、遊びも、眠るのも、沢山のエネルギーを注ぎ込んでいる、という印象があった。忙しい毎日の中で、6ヶ月過ごした田舎町での暮らしを愛し、再び人込みと喧騒の大きな街へと帰って行った彼だった。
彼には、自由な風景がよく似合う。優しい笑顔は、大きな自然の中でもっとよく混ざり合う。都会の時間の流れより、ゆったり流れる時計のない暮らしの方が波長が合う。前から感じていたけれど、私のリュックを下げながら岩場を行く彼を見上げて、私はしみじみと感じていた。
その夏の再会は、2人を優しく山の上へと導いた。7月終わりの穂高は、深い青空に白く湧き上がる雲を引き入れ、短い夏の始まりを精一杯に歌うのだった。
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# by yayoitt | 2004-12-19 02:36 | 穂高の恋人達 | Comments(0)
恋人達の季節 穂高岳 2
本谷橋から、本格的な登山道に入り、涸沢カールまでは急いで歩いても約2時間はかかる。
途中で、のんびりしすぎた私達5人は、ほとんど喋らず、ただひたすら、登り続けた。
登山道は、標高が高くなるにつれ、木々の背が低くなり、登れば登るほど、360度見渡す景色は変わってくる。今まで見えなかった大きな岩肌が、すぐ近くに顔を出し、更に登るとその奥に、また違う稜線が連なる。上高地から涸沢、そして、その日の最終目標地点である穂高山荘までは、実に美しい、興味深い、そして忘れがたい光景が延々と続く。
私は、高校で2年間、登山部に所属してマネージャーをしていた。
マネージャーと言っても、他の部員と共に、夏は合宿に行ったり、冬はスキー場で雪の中テントで泊まったりもし、幾つかの大会にも、登山しがてら部員について行った。
ある夏は、女子部員が全国大会に出場している間、男子部員だけで穂高連峰を縦走する合宿に参加し、顧問の先生2人と20人程の男子生徒に付いて、3泊4日で参加した。
この合宿には、私の父親も2日間だけパーティーに参加し、一番危険な岩場の縦走の時には、父親が私に付いて、歩いてくれた。岐阜県側から槍ヶ岳に登り、そこから、長野と岐阜の間にドッシリ腰を下ろす穂高岳連邦を、中岳、南岳、途中大キレットを通り北穂高岳へ、そして涸沢岳、穂高山荘を通り抜け、奥穂高岳、前穂高岳へと歩いた。この、大キレットというのがとても怖くて、切り立った大きな一枚岩のとんがったてっぺんを、巻くようにして、ほとんど足場がないツルツルした岩肌にしがみついて歩くのだ。しかも、これは稜線上であって、下は断崖絶壁で遮るものは何もなく、落ちたら最後、なのだ。そこを大きなリュックを背負って渡るから、ちょっとの風でも身体が振られたらお終いなのだ。父親と顧問の先生の間に挟まれて、ぽっちゃり顔の高校生の私は、キレット横断中は恐怖の余り何も喋れず、キレットを超えてから、安心感で泣きそうになりながら、父と先生に“あれはお化け屋敷より怖い”
“肝試しもいいとこや!”などといつまでも言っていた。このキレットを、何を思い狂ったか、ある男子生徒が途中で岩から岩へジャンプして、先頭を歩く顧問の先生に、“バカヤロー!”と怒鳴られた時には、20人程のパーティーの最後尾にいた私は、何があったか状況がわからないまま、ただその“バカヤロー”が、幾つも幾つも周りの谷にこだまするのを、冷たい岩にしがみついたまま聞いていた。
バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー…
穂高に登るのは、この時の合宿以来初めてで、しかも、この上高地からの穂高入りは初めてだった。登山道の周りは、ダケカンバ(岳樺)という、落葉高木が岩場から生えている。このダケカンバは、秋には真っ赤に紅葉して、涸沢カールを飾るので有名だ。もう少しで涸沢に違いない、汗をぬぐい顔を上げると、ダケカンバの木々の向こう、何かヒラヒラ揺れている。
涸沢ヒュッテの、鯉のぼりだった。
涸沢ヒュッテ(涸沢カールにある2軒の山小屋の1つ)では、山開きの春からしばらく鯉のぼりを掲げるのだ。勢いよく鯉が、強い風に乗って泳ぐのが、遠くからでもよくわかる。同僚2人と友人の男性2人、ようやく、笑顔が出てきた。よし、あそこまで行って、ちょっと長い休憩をしよう!そして、噂のアイスクリームを食べよう!涸沢までは、その姿が見えてからが、実は時間がかかるのだ。鯉のぼりは、木々の間に消えたり、また現れたりしながら、少しずつ確実に近くなってきていた。両側を低いダケカンバで覆われ、午後の夏の日差しが所々落ちる登山道、その先に見える涸沢カールのヒュッテ、更にその奥には、今日私達が目指す穂高山荘へ続く岩肌を望むことが出来た。私は、登山の登りで、前をなるべく見ないように、下を向いて自分の足元だけを見て歩く癖がある。癖と言うか、この方が、明らかに身体が楽で、ばてないのだ。前を見ていると、“まだあんなにある、急な山道はまだ続く”などと思うし、バランスを崩したり、つまずきやすい。だから、小休憩以外では、歩行中はずっと下を向いて歩いていた。突然、前を歩いていた同僚の足が止まり、“あぁぁ!”と声をあげた。私は、彼女の背中にほとんど鼻をぶつけながら、立ち止まった。“ピーちゃん、どうしたの?”そして、彼女の見つめる前方に目を向けた。木々の間から木漏れ日を受け、目を細めながら微笑む顔が、立ち止まるそこから見える坂道のてっぺんに見えた。緑のシャツは、その背後にある空の青と、万年雪の白、そして、白い岩肌、揺れる真っ赤な鯉のぼりに染まりながら、ゆっくりと、私達の方へと坂を下りてくる。夏の日の、彼だった。
この光景は、一枚の油絵のように、脳裏に、そして心の奥に今も残っている。
周りの木々や葉、彼の肩、微笑む頬や飛ぶ鳥、それが少しずつ動きながら、額の中に入ったまま。私の心の引き出しに、いつも置かれているのだ。彼の緑の山シャツは、私がお別れに渡した物で、それを見つけた瞬間に“きひひひひ”と、聞こえない様に声を出して笑ってしまったくらい嬉しかった。彼は、リュックも何も持たずに山のてっぺんから、私達の到着が遅いことを心配して、わざわざ、山を降りて来てくれたらしい。優しい笑顔にここで、会えた。もう会えないと信じていた人に、この空の下、会えた。2人とも何も話さず、彼が皆に話しかけている間私は、初めて彼に会った時と同じ、目を細めて笑う彼をただ、じっと見つめていた。涸沢にはそれから5分ほどで、到着した。
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# by yayoitt | 2004-12-17 02:48 | 穂高の恋人達 | Comments(0)