ヒッピーへの憧れ
昨夜、旦那の姉から電話があった。来週の土曜日に、ロンドンで友人の40歳を祝う誕生日会があると言う。40歳ということで、彼女が生まれた60年代をテーマに、ファンシードレスパーティー(仮装パーティー)となったらしい。60年代のファッションというと、今、リヴァイバルで復活もしているが、超ミニスカートや、幾何学模様の光るシャツ、又は、いわゆる“ヒッピー”の最盛期であるから、それにちなんだ格好でも良い。大人っぽいシットリとした服を着る姉は、思い当たる物が見つからず、私に電話をして来た、という具合。早速、Googleで60年代ファッションを調べて、チェストを開け、ベッドに一枚、二枚、と思う限りに服を投げた。
引き出しも開けて、あれ、これ、と引っ張り出す。そうするうちに、数えただけで、10数枚の上着やワンピース、パンツなどが積み重ねられた。私は昔から、ヒッピー系ファッションが大好きで、今でも本当は、髪をドレッドロックにしたい!と思っているのだ。以前に働いていた靴屋に来たスペイン人の女の子が、ドレッドロックにしていたので、どうやってしたか?私もしたい、と話したことがある。彼女は、私の髪を見てすぐに、“あんたの髪じゃ、駄目、できないわ”と言ったのだ。どうやら、腰があって強すぎるらしい、しかも、真っ黒だから見た目がくどくなりすぎる…と。それから、すっかり諦めてしまってるのだ。でも、この願望は、消えることはないらしい…オーストラリアにいた時に、ヒッピーかぶれの不思議な日本人になってしまい、
裾の破れた、長い透けるワンピースを着ては、裸足でスーパーに買い物に行っていたりしたくらいだ。オーストラリアでは、ヒッピー(系)、それらしい人達がよく、靴を履かずに裸足で歩いているのだ。もちろん、普通の住宅街、お店とかスーパーとかを。最初は痛かった裸足が、慣れて来た頃、ボトルが割れて辺り一面に破片が飛び散っていたことがあり、仕方なく遠回りして歩いたお陰で、迷子になりかけたことがあった。それで懲りて、ちゃんと靴は、サンダルでも、履くようにした。私は、一番たちの悪い、ヒッピー好きなのだ。よくヒッピーとはどういう人たちのことを言うのか?なぜ、そういう生活習慣なのか?そういう本質を知らないまま、ただそのファッションや見た目に惹かれているだけなのだから。ボブマレイ?彼に憧れるわけではない。YOKO ONO?日本人で思い浮かぶ60年代のヒッピーと言えば…でも、彼女を目指すわけでもない。自然を愛し、動物を愛し…それは努力してしているが、今の世の中に行きながら、また、街の中のフラットに住みながら、やっぱりヒッピーの様には生きられないのだ。そんな私は今もなお、それらしい服を買い続けているが、やっぱりヒッピー系の服は止められないのだ。義理の姉に全てを写真に撮って送ったが、結局、サイズ的なものや夏の物が多いということで、これと言って選べるものはなかった。
c0027188_43299.jpg
世界の平和を願い…願いたいが、願う以上に自分が出来ることが何か?それを探求しなければ、本当のヒッピーにはなれない。
# by yayoitt | 2005-01-24 04:29 | やっこのファッション | Comments(0)
最近やっこはお風呂三昧♪
寒がりにも関わらず、ギリギリまでセントラルヒーティングを我慢していた私達。さすがに12月に入ったら、夕方には必ずヒーティングを使い始めた。セッティングをお湯とヒーター両方にしておけば、お湯が使えるし、ヒーターにも湯がまわる。12月暮れにボイラーの調子が悪くて、数日ではあったが、湯が沸ききると自動的にボイラーが止まってしまう事があり、止まる前に、お湯を使って、また湯を沸かし続けなければならないことがあった。この時には、はい、使わせていただきます、とばかりに私は喜んでお風呂に湯を溜めて入った。それから、ボイラーがガスマンのケヴィンによって修理された後も、私は現在、毎晩の様に風呂に入っているのだ。文字通り、至福の時、である。
以前にも事細かと、恥ずかしげもなく紹介したのだが、私独特の“必殺風呂への入り方”を毎晩繰り広げている。図書館で借りた、日本の単行本をそこで読みふけるので、時間は軽く1時間はかかる。熱めで入り始めても、1時間後にはちょっと寒気がするくらいに湯も冷えていることがある。それでも、すっかりこの日課が気に入ってしまった私…
タオルを頭に乗せて、顔に吹き出た汗を拭う姿は、セクシーとかとはほど遠く、♪えんやぁこぉらしょっとぉい、はぁ、どっこいしょぉのこおらっしょっとぉい♪とドリフターズがハンテンを着て踊ったように、舟をこぐ真似までしているくらいで、とても他人に見せられるものでは、ない。他人でなくても、何事かとノックをして入ってくる、旦那にも、さすがにこの姿は見せられない。入浴が1時間以上にもなると、トイレを我慢しきれず旦那が入ってくることもある。その時は、頭のタオルをバスタブに置き、目を閉じて天使のように湯に浮かんで見せるのだ。ジョジョジョー、っという彼のトイレの音を聞きながら。
それにしても、風呂に入ることは、なんという素敵な習慣なのだろう。日本にいて、日本人がほとんど皆、毎晩のようにそれをして疲れをとったり、一日のことを考え直したりする理由はよく理解できる。風呂に入っていると、思いがけないことを思い出したり、考えたりもする。日本で看護師の仕事をしている頃はよく、湯に沈みながら、“あっ、やべっ!xxさんの記事、書き忘れた!”とか、“あっ、いけねっ!501号室に清拭したタオル、そのままにしてきた!”など、ちっちゃなことでも、思い出すことがあった。
湯に入る=体温が上がる=四肢への血液の循環がよくなる=??頭への血流は減るはずなのに、何故だろう??
よく、余りに長湯をしているのが心配で、家族が見に行くと、お風呂の中で亡くなっている、なんてことが、ちょくちょく聞かれる。これは正に、身体が温まり頭への血流が減り貧血状態となり、意識を失って溺れてしまうからである。やっぱり、頭にはタオルを載せ、♪えんやぁこらしょっ♪と船を漕いでみるくらいに、湯船の中では、しっかりしていた方が、安全だ。
# by yayoitt | 2005-01-23 09:08 | 遠くにて思う日本 | Comments(1)
SUPERSTITION 迷信
SUPERSTITION スーパースティション とは、迷信 のことである。
日本にも、沢山の迷信があるように、どこにでも、文化がある限り迷信は存在する。
英語では、また、OLD WIVES TALES = 昔の妻達の話 とも言う。
そこで、それはもう、数え切れないくらいある英語の迷信の中から、幾つかおもしろいものをご紹介。

1. 鏡

鏡を割ると、7年間の不幸

自分の顔を、蝋燭の明かりで鏡に見るのは不運

2. 写真

もし、3人で写真を撮る時、真ん中の人が一番早くに亡くなる

3. 救急車

救急車を見るのはとても不運であるが、もし、何か黒い物、または茶色の犬を見るまで息を止めるか鼻をつまむかすれば、その不運は免れる

4. 蝶

もし、その年の一番最初に見る蝶が白なら、その一年間幸運である

蝶が3匹一緒であるのは、幸運を意味する

5. 猫

黒猫が自分の方に向かって歩いてくるのは、幸運をもたらす

が、自分から歩き去っていくならば、その幸運を持って行ってしまう

6. 指の爪

金曜日、または土曜日に爪を切るのは不運

7. 傘

傘を家の中で広げるのは不運、特に頭の上で広げるのはもっと不運

8. 靴

靴をテーブルの上に乗せてはいけない、なぜなら、その日1日が不運になるから、例えば友人を失ったり、仕事を失うことになったりするから

9. スープ

辛いスープは、それを作った人が、恋している

…なかなかおもしろいではないか。
信じるのも信じないのもどちらでも良いとは思うが、自分に都合良く信じるのが一番利巧かもしれない。でも、迷信と言うのは、それなりに理にかなったものが多いのも事実。
知っている以上、しない方がいいことは、しない方がいいだろうし、知っててするんだったら運がいいと言われることをするほうがいい、と、私は勝手ながら案外、やきもきしながら毎日を迷信に縛られて生きていたりするのだ。
# by yayoitt | 2005-01-22 07:44 | 英国文化って... | Comments(0)
本当に強い人
c0027188_4355214.jpg
私は、正直、弱虫だ。臆病で、怖がりで、一人だとなかなか何でも出来ずに、常に誰かに頼って生きている。私がここで暮らすことも、もしも、1人でだったらきっと出来ないに違いない。
オーストラリアへ一人では行ったけど、それに注ぎ込む努力はそれはそれは大きなものだった。マイケルとそこで出会い、ここに来ることが出来たのも、彼がいたからであって、自分独りではきっと出来なかったに違いない。昔から海外生活に憧れていた私は、そう言った意味で、とても幸運だったと言える。自分で切り開く人生…そんな風に思いがちだが、実際は自分で人に頼って切り開く人生なのかな?と思うことがよくある。本当に、強い人は、いるものだ。
海外に独りで来て、そこで様々な選択をする。例えば、どこに住みたいか?誰と住みたいか?どのくらい住みたいか?何をしたいか?次どこに行くのか?海外で旅に独りで出る、というのも、かなりの勇気がいることだと思う。私は、オーストラリアにいる時も、結局一人では旅をしたことがない。怖いから、だ。いつも、友人やマイケルと旅をした。オーストラリアで出会った日本人の中には、ワーキングホリデーの期間を利用して、独りで東南アジアを旅行する人達がいた。3ヶ月ほど東南アジアをマイケルと旅行したことがあるが、マレーシアのユースホステルである日本人女性に出会った。彼女は一人でオーストラリアに行き、日本に帰る途中で東南アジアを旅しているのだと言う。話を聞くと、私と同じく看護師さんで、しかもなんと同郷であったからかなりビックリした。そしてそれよりも彼女の強さに、強く心を打たれたものである。東南アジアはその場所によって、私が旦那と歩いていても、何かと物売りやタクシーの誘いが多くてまっすぐに歩けない所がある。そんな場所を、毎日、その日泊まる宿を探しながら、常に地図やガイドブックを頼りに旅して廻るのだ。2人での旅なら、その荷は半減するし、甘えん坊で判断力の鈍い私は殆どの決定を旦那に任せていたくらいだ。ここにいても、ちょっと知らない場所や行ったことのない所へ出掛けるのが、怖いし億劫だ。マイケルの実家があるダンディーに独りで行くのでさえ、大仕事だったりする。本当に強い人達に、私はかなり頭が下がるのだ。
# by yayoitt | 2005-01-21 04:35 | やっこの思想 | Comments(0)
SCOTLAND 電車事情 怒って其の2
その大切な用事に、どうしても遅れられなかったので、駅には発車20分前に到着。8時48分の電車…スクリーンに出ていない?チケットを買いに、売り場に行って、チケットを買いながら係りの男性に尋ねた。“あのぉ、8時48分発のxx行きは、どうなったの?スクリーンに表示されてないんだけど?”そしたら彼が答える。“大丈夫、xxへは、8時53分発の、xxx駅まで行って、そこからバスでxxまで連接されるから。xxxからxxまでは約2マイル(3キロ強)くらい”私は今までxxxという名前の駅を聞いたことが無かったけれども、xxと同じ街の名前で、サウスかノースの違いだけだったので、案外、すぐ納得して、じゃぁ大丈夫だな、と思った。
ラインは違うけど、サウスとノースではさすがに同じラインということはないか、と思って素直に8時53分の電車に乗った。私の大切な用事は、10時半からで、xx駅からなら、歩いても40分くらい、タクシーで5分程度であった。歩くつもりでいたから、xx駅にはせめて、余裕を持って9時半には着いていたかった。普通、xx駅までが電車で20分くらいだから、xxx駅からバスに乗っても5分程度の違いだろう、と簡単計算で考えた。私は、ここをスコットランド、電車でひどい目に何度も合わされていることを覚えていたが、悲しくも自分に大丈夫だ、大丈夫だ、と言い聞かせていた。xxx駅へ向かう電車、乗客は私一人、車掌さんが“xxに行くんだね?xxxからバスが待ってるからそれでxxまで行くからね”と優しく言ってくれた。xxxに向かう途中、3回くらい雑草のぼうぼう生える荒地で停車したり、停車予定の無い小さな駅で停まったりしながらその電車はこれ以上ないくらいにゆっくりと、xxx駅へ向かっていた。xxxへの到着は、結局、30分以上かかっており、9時半を数分過ぎていた。電車を降りる時に優しい笑顔の車掌さんが、口笛を吹きながらやって来て、“降りたら高架橋くぐって、そこのバス停でバスが待ってるから”と言った。サンキューと言って、私はその待ってるバスへと急いで走った…が、バスが、待ってない。誰もいないし、囲いだけのバス停は霜で真っ白で、時刻表はあったが3種類の違うバスが走っているらしいのにどこへ行くとも書いてない。辺りには、タクシー乗り場らしいものもない、流しのタクシーも走っていない。もうほとんど9時40分を回りかけて、私は泣きたい気持ちと怒りの混ざった複雑な感情を、寒さをこらえて身震いしては積もらせていた。鼻水がバシバシと凍りかけた怒り顔の私の前に、2台のバスが来たので、鼻をぬぐいながら運転手に聞いた。そのうちの太ったスキンヘッドの運転手が、これはxx駅へ行くと言ったので、“よっしゃ!”と思い、どのくらい時間がかかるか尋ねると、“たったの、5分だよ”と軽く答えた。その時、私は既にxx駅からタクシーで目的地まで行かざるおえないと思っていたので、今から5分程度で駅に到着すれば余裕!と、そのスキンヘッドを、おっさん、たのんまっせぇぇー、と後ろから頭をピシャリと叩きたいほど安心して笑顔だった。

**やっこ。ここを、どこだと思っているの?スコットランドよ、スコットランド…**

私は余り、学ばないらしい。私がバスに乗ると同時に、スキンヘッドのドライヴァーがバスを降りたのが気になったが、中には2人の乗客が座っていてエンジンもかかったままだった。
私は時計を見ながら、全然余裕、全然余裕、フンフンフン♪と鼻歌まで歌いだした。
フンフンフン、フンフンフン … 10分経過、9時50分。
鼻歌が、鼻息に変わって来た。
カリカリカリカリ … 9時55分。
頭からはスチーム、目からは涙が落ちそうだ、しかも緊張が度を越すと、漏らしてしまう感じまでしていた。席を立ち、前からのん気に座っている乗客のおばさんに、出発時刻を知っているかと尋ねると、“さぁ、何時かは知らないけど、30分ほどで戻ってくるとは言ってたから、あと5分くらいじゃないかなぁ”

ううううううううううううううりぃぃいいいいゃゃやああぁあぁあああああ!!!!

怒りは最高潮、しかも漏らす寸前!あの、スキンヘッド、xx駅まで5分と答えた時に、ちゃんと説明しろよぉ!“でも、出発は30分後です”とぉ。聞かれたことだけに答えるだけなら、どこの誰にでも出来るわぁ、あんた、サービス業じゃぁ、ないんかぁ?? … 怒りと恐怖はつのる。
でも、漏らしてなどいられない 30+ 歳の状況なので、とにかくタクシーを呼ぼうとバスの中から電話ボックスを探す。こんな時に、携帯電話があるとなんて便利なのだろうと、思う。そう、私は携帯電話という物を持っていない、マイケルが頑なに嫌だ、嫌だと言うので結局ずっと持ったことが無い。この時点で私は、何の罪も無いマイケルまで悪者にしていた。 バスをとにかく降りようと思って席を立ったところに、のん気にハンバーガーをくわえながらドライヴァーが乗り込んできた。

10時10分 !!

ダイハード、スピード、とにかく走れ、馬鹿、走れはげ頭!スキンヘッドも、はげ頭と呼ばれたらいたたまれない。バスはバイパスに入って、ラウンドアバウトを幾つか過ぎると、ようやくxx駅のサインが見えた。

10時17分 !!

バスを急いで転げるように落ちる(降りる)と、タクシー乗り場を探すが、乗り場にはタクシーは、ない。もう、怒っている時間も無い。辺りを見回すと、やったぁ!タクシーが一台、バス停の乗車口辺りに停まってる!50台くらいの太ったおじさんがニコニコと答えてくれた。お喋りなおじさんに答えつつ、しかもバカバカとタバコを吸い続ける煙で染まったタクシーの中で時計を見ると、10時25分。ほんの5分で到着したので、時間には間に合ったが、せっかく朝時間をかけて慎重に準備した私の服はタバコのにおいが染み付いていた。ドライヴァーの太ったおじさんは、帰りにまた電話くれれば迎えに来るから、と優しく笑ってカードをくれた。
何十分も笑わず、眉間に皺を寄せっぱなしだった私が、ようやく頬を丸めて笑った。
# by yayoitt | 2005-01-20 20:19 | 英国暮らしって... | Comments(0)
SCOTLAND 電車事情 怒って其の1
大切な用事の為、車を持たない私は、電車で目的地は最寄の駅まで行くことに。サイトで調べると、8時48分に、街の中心の駅を出発、その駅には9時10分には到着するということ。
その待ち合わせに、遅れることだけは避けたかったので、本当は一本遅いのでも良かったが、その48分に乗ることを決めた。チケットを駅で買う為、更に早くに街の駅に到着したのが、8時半、家を出たのは8時10分だった。
モニターのスクリーンを見る … 8時48分という電車が無い …
嫌な予感を抱えて、チケット売り場へ向かった私は、過去にそれはそれは何回とも、スコットランドの電車で嫌ぁな思いをしてきたのだ。
以前、3年間住んでいる時に勤めていた会社が、電車で街から2つ目の駅にあったが、そのラインは、グラスゴーへ行くラインなどに比べると、比較的マイナーなものであって、それでも、その駅の周辺は会社や工場が沢山あったから、毎朝仕事に向かう人で混んでいた。
ところが、通勤ラッシュの朝であろうと夕方であろうと、よく、キャンセルされたのだ。何故??理由はわからないが、電車を待っているとアナウンスで“X時XX分のXX行きは、キャンセルとなりました”次の電車が30分後だから、はい、会社には遅れます、はい、朝の忙しい30分無駄にします、でも、待たなくちゃいけません、だ。一度は、そのアナウンスも、馬鹿正直に理由を説明して、“運転手が無断で仕事を休んだ為X時XX分のXX行きは、キャンセルとなりました”それで、キャンセルにするのか?! 誰か代わりに運転してくださいよぉ、頼むよぉ…と腹が立つより笑えてきた。また、時間に遅れるのは当たり前、1分、2分どころではなく、15分、20分、と遅れる。ただ、30分おきの単線の電車なので、20分以上遅れたら、もうアナウンスもなしにキャンセルとなる。だから、待てど暮らせど、その時間の電車は来ないのだ。駅はどれも無人で、風が吹きすさぶ中、ただただ、待つ…鼻が垂れて飛ぼうが、待つ。
また、電車はいたる所でよく停まる。特に街の主要の駅の周りだと、どの電車も時間通りに出発、到着しないから、駅に入りたい電車がホームの大分向こう側で待たされるのだ。
その頃(3-4年前)、このサービスの余りのずさんさが大問題となり、会社は、最善を尽くして改革!などと新聞などで語っていたものだ。また、不満一杯の乗客達が、沢山の投書や新聞などにこの問題を持ち込んだ。特に、電車の車掌さんの給料が、仰天するくらい良かったから、尚さらだった。こんなに給料もらってて、サッカーを見に行った翌日の仕事を無断で休み、電車がキャンセルになる?どう考えてもおかしい。

ふつふつ と湧き上がる、数え切れない思い出の苦味を舌で感じながら、チケット売り場へ闊歩した私であった。

    続く
# by yayoitt | 2005-01-19 00:41 | 英国暮らしって... | Comments(0)
BIG BROTHER
BIG BROTHER(ビッグブラザー) … テレビ番組である。私が以前にここに住んでいた4年位前から毎年やっている。最初は、かなり新しい思考のテレビ番組ということで、注目だったが、今もなお毎年注目されている。注目されているというのは、マスコミや、ビッグブラザーファンが毎年派手に騒ぐせいかもしれない。イタリア、オランダ、アメリカ、色々な国で同じ番組をやっているが、それぞれに国柄が出ていておもしろいらしい。
さぁ、BIG BROTHER(ビッグブラザー)一体どういう番組かご説明しよう。
英語では、リアリティーTVショー(現実的テレビ番組)と言われる1つであるが、私が日本で一番近いなぁ、と思ったのは、“あいのり”である。BIG BROTHER を簡単に説明すると、基本的にゲームショー、それもサバイバルゲームショー。サバイバルと言ったのは、生き残り最後の人が勝ちで賞金を手に入れるからだ。応募の中から選ばれた男女約10名が、ある家の中で共同生活を10数週間(夏の間)する。綺麗な家の中には、娯楽品は一切なく、完全に外部と遮断されておりテレビ、ラジオ、本、電話など外との情報を繫ぐ物も一切ない。初対面の年齢もばらばらのハウスメイト(同居人)が毎日、24時間その中で顔を付き合わせて暮らす。食べ物は、毎週ごとに配達されるが、毎週ハウスメイトに与えられたタスクをクリアできるかできないかで、食料に当てられる予算が違ってくる。タスクは、毎回、毎年、様々で工夫を凝らしてあり視聴者が見ていて面白いものとなっている。また、一週間に一度、EVICTION(エヴィクション)= 追い出し があるのだが、それは、ハウスメート一人一人が、誰を追い出したいか選び、その数が多いハウスメイト2人、時には3人が決まる。
そこで、今度は視聴者が、その2人(3人)のうち誰を追い出したいかを投票して、週末に追い出すのだ。BIG BROTHER とは、その番組の名前でもあり、何も自分の意思で動けないハウスメイトが24時間いつでも相談したり、他の誰にも話せない本当の気持ちを、話したりする相手でもある。BIG BROTHER とのコンタクトは、ダイアリールームという個室で、他のハウスメイトには内密に話すことが出来る。このエヴィクションの選択も、一人一人がその部屋へ呼ばれて、BIG BROTHER に打ち明けるのだ。この家の中でのルールは沢山あるが、一番大事なのは,NOMINATION(ノミネーション)= 追い出し指名 に関して、他のハウスメイトとは話してはならないこと。つまり、結局は大金のかかったゲームなので、他のハウスメイトに心理的に誰を追い出すかを振ったり、自分の意見で相手の指名を左右させることのないためである。また、最大のこのショーの特徴は、24時間、どこからも監視されているということだ。部屋という部屋、シャワーにも、トイレにも、カメラがあり、24時間体制で全員を撮り続けている。部屋の壁には、大きな鏡が張り巡らされていて、それは対面鏡なので、関係者が24時間鏡の中からハウスメイトを監視し、また、そこからカメラで撮り続けているので、ちょっとした行動も逃さないのだ。鼻くそほじったり、おならをしたり、カメラはちゃんと撮っている。ハウスメイトは皆が24時間マイクを下げていて、いくら小声で喋っても、こそこそ内緒話をしても、視聴者が聞くことが出来る。さぁ、こんな24時間体制、10数週間にも及ぶTVショー、視聴者はいつ見ることができるかと言うと、毎晩1時間、前日に何が起こったかが選択短縮されて放映される、そこで大抵のメジャーなことはわかるのだ。ただ、もっとハウスメイトのこと、何があったか、どんな寝相か、シャワー中など見たい人は、いつでもインターネットで見ることが出来るのだが、そこまで行くと、ちょっと怖い気がする。ハウスメイトは、あくまでも英国のどこかに住む、一般人なのだから。こうして、一人去り、二人去り、ストレスが溜まり言い合いをし、喧嘩もし、時にはロマンスが生まれてカメラに隠れる場所は一切ないので、シーツやテーブルの下で愛し合う者までいる。それは全国番組として流れるので、英国中の人が、また、その応援する家族がちゃぁんと見ているのだ。
実は、今年に入ってから、セレブリティーBIG BROTHER(芸能人版)をやっている。この中には、以前シルベスタースタローンと結婚していて離婚した ブリジットニールソン もいるのだが、先々週、彼らの中にニューハウスメイトとして、新しい同居人が突然入って来た。なんと、そのニューハウスメイト、どうやって来てもらったのかわからないが、シルベスタースタローンの母親であった。つまり ブリジット の元姑、である。あいにく、彼女は最初の週に追い出されてしまったが、そこまでやるBIG BROTHER に、“あんた、ちょっとそれはないんじゃぁないのおぉ?”という感じだった。一般人の BIG BROTHER は夏(7月)に始まる。

興味のある方は、http://bigbrother.channel4.com/bigbrother/ でチェックを。

ちなみに、ハッピーマンディ というバンドをご存知の方は、そのバンドで、ただただ踊るだけの男、BEZを他のメンバーの誰よりも記憶していると思う。実は、この BEZ がハウスメイトの1人として生活しているのだ。ハッピーマンディは、その頃、ドラッグ常用バンドとして有名であった。そんなドラッグと共に生活してきた彼が、この家でドラッグ無しの数週間を送るのはかなり苦しいと思うが、私は個人的に、彼に是非勝って欲しいと思っている。その訳は、彼は他の誰よりも多分一番、一般人に近くて、労働階級の人間だからだ。何億も稼ぐモデルや、ハンサムなドラマのスターより、もっと身近に感じることが出来る。ちなみに、BEZ は一昨日の夜中、逃亡を計ろうとして BIG BROTHER に怒られていた。
c0027188_3223235.jpg

# by yayoitt | 2005-01-18 03:20 | 英国暮らしって... | Comments(2)
手相占い
オーストラリアに行く半年くらい前の初夏の夜。
その時内科病棟で一緒に働いていた同僚と共に、係長行きつけの飲み屋に連れて行ってもらったことがある。高山市は人口の割に飲み屋が多く、街の中央に1番街という名の通りがあり、ちょっとした酒場街となっていた。その外れにある、一軒の少し古い感じに電気がギラギラ燈る飲み屋に入ると、ボックス席はなく、私達女ばかり5人はカウンターに座った。
カウンターの中、40代後半くらいの濃いアイラインの女性がかすれた声で出迎えてくれた。
丸顔の係長が、“久し振りぃ!今日は私のかわいい同僚を連れてきたんよ”と私達一人一人を紹介してくれた。確か、彼女は私を“大きな顔の、これがやっこ。ちょっと間抜けやけど、かわいい奴なんやさ”と言って、私はおサルのポーズをして見せた。初対面の年上の女性に向かって、おサルのポーズとは、お笑い芸人くらいかもしれない。ドリンクを頼み、係長がカラオケの本を私達に配ると、いつのまに番号を調べたのか、“ママ、30528お願い”と頼んでいた。その時、誰が一緒だったかはっきり覚えてはいないが、1人は看護学校の1つ上の先輩で、私と同じ名前で、病棟では、やっこワン、やっこツーと呼ばれていたこともあったが、結局どっちがワンだかツーだかわからなくなって皆すぐ止めてしまった。その後は、私が“やっこ”で、彼女は苗字“xxはら”と呼ばれていた。この先輩とは話も合い、仕事を始めてからとても仲良くなり、特に恋の話は毎日のようにしていた。彼女は、その頃ある若い医師と恋愛中で、遠距離だったので色々と寂しがったり余計なことを考えたりしていたものだ。
2人は仕事中に、何か困ったことや、ビックリすることがあると「おそ松くん」に登場する出っ歯男イヤミのポーズ、シェーをした。仕事中、もちろん、看護婦の仕事中である。例えば2人で、何か処置をしに病室の患者さんのところに行き、いざ処置を始めて、何か忘れ物に気が付いたときに、“あっ、あれがない。シェー!”と、そんな具合である。もちろん、シェーと同時にシェーのポーズもするから、白衣の裾はまくれて白いストッキングをさらけ出して、笑っていた。元気な患者さん達の前でもシェーはしていたので、付き添いさんや寝たきりのおばあちゃんに笑われたりした。真剣な申し送りの時でさえ、婦長がいないのを見計らって“やっこの受け持ちの部屋に4人新しい患者さんが入りました、シェー!”“え?4人も?シェー!”
… 彼女との仕事はとにかく楽しかった。
他にお客のないその飲み屋で、思い切りマイクを奪い合って歌っていると、係長が私達に小声で話した。“このママはねぇ、なぁんと、手相占いができるのよ”私達が目を丸くして、えぇ!っとカウンターから身を乗り出し、彼氏のことで悩むxxはらやっこが“お願いします。見て下さい”と頼んだ。ママは苦笑しながら、こう言った。
“私は、これは商売でも何でもないから、あんた達に正直に全部話さないと思うよ。”
“どうしても、悪い話は聞きたくないし、聞かない方がいいことの方が多いし…”
それでも良いと、必死に手を出すxxはらやっこの手を自分の掌にのせ、ママはしばらく首を右、左に傾けていた。そして、“今、お付き合いしてる人、いるでしょう?色々悩むだろうけど、行き着くところは良いよ。” xxはらやっこが、オオオオォーと見てもらった自分の掌を顔に当て、にんまり笑った。私は隣で、彼女を肘でドンと突付いて、やっぱりニンマリ笑った。次々に結局全員が掌を預け、最後に私の番が来た。私はその頃、1年以上付き合う男性がいて、このままボチボチ結婚しても良いかな?と思っていた。オーストラリア行きはまだ、考えても、思ってもいなかった時だった。しばらく私の右の手と左の手を見つめ、最後に溜息吐きながら右手を自分の掌にのせて私に言った。“どうする?正直に、言って欲しい?”私はもちろん、“お願いじまず”と力を込めて言った。“あんたはね、今、お付き合いに何か物足りなさを感じてるね。本当に、この人のこと、好きなの?”そう聞かれて、私は、その時は正直に、でも考えもせず“はい”と言った。それから数週間後、彼の一言がきっかけで、英語を話したいという夢があったことを思い出し、早急にオーストラリア行きも決めた。
xxはらやっこは、その医師と結婚し幸せに暮らしている。
c0027188_8405470.jpg

私は今、スコットランドで暮らしている。
# by yayoitt | 2005-01-17 08:35 | 思い出 | Comments(2)
パンとスープの日曜日
昔から、夢の1つに、週末の遅い午後にパンとスープを食べたい、というのがあった。
c0027188_21113099.jpg

簡単にできる、でも、パンもスープも手作りがいいのだ。それでも簡単にできる…のだろうが、料理音痴の私にとって、パンが作れるなどというのは夢でしかなかったのだ。今の時代はありがたく、パンをこねたりせずに、材料だけ入れるだけで後はパンが出来るまで放っておける機械がある。ドラえもんのポケットから出したとしか思えないその優れた機械のお陰で、私の長年の小さな夢の1つが叶ったのだ。レシピに従って、材料を機械の中のお釜に入れるだけ。途中で、♪ピーピーと鳴ったら、好みに合わせて、シード(各種たね類)を入れればいいので私達の場合、ひまわりの種や松の実を入れる、良質の蛋白源である。説明書きによると、ジャムも作れるし、甘いお菓子も作れるらしいが、クリスマスのプレセントにもらったばかりでそこまで高度な試みは、まだ行なっていない。作りたてのパンは、やっぱり最高だ!あったかくって、柔らかく、気分はアルプスの少女ハイジだ。ハグハグ、と言いながら食べるパンが、手作り(本当は機械作り)だと思うと泣ける(トホホ)。スープはブレンダーがなかった今までは、台所に立ちっぱなしで時間をかけて、木杓子を使い玉ねぎも他の野菜も砕いていた。それがクリスマスにブレンダーが登場すると、何て賢い機械なのだろう!私の立ちっ放しの1時間半を、彼が1-2秒間でやってのけるのだから。彼と、ブレンダーを呼んだのは、何故か男っぽい感じがするからで、ちなみに、ブレッドメーカーは彼女、というきめ細やかさがある。
注:私は決して、男性だけが勢いよく、女性だけがきめ細かいと言っているわけではありません(笑)
今週はブロッコリーとペッパー(赤ピーマン、緑のピーマンなど)のチェダーチーズスープ
先週はカリフラワーとリークのチェダーチーズスープ
ブロッコリーには余り沢山チーズは加えず、また、とろみをつけたりせずに作る。
カリフラワーはチーズととてもよく合うので、臭みの強めのチェダーを入れる、とろみを出す為にジャガイモを加える。自分でも料理の話しを題材に挙げるのは“こっぱずかしい”、そう、私は料理が苦手なのだ。嫌いじゃないけど、失敗が多くて、基本的に自信がないのだ。特に、日本の一品料理などを思った時に、食べたい!とは強く思うのに、じゃぁ作ってみよう!とは思わないのだ。怠惰…きっとこれがしっくりくる私の料理に対する姿勢である。
でも、このブレンダー君と、ブレッドメーカー嬢のお陰で、週末に遅くに目覚める朝が、ひときわ楽しくなった。スープと言うと、思い出す歌が2つある。

1. 今井美樹 ♪冬のマーケット♪

 「ショッピングカート並べて歩く、野菜と花と、缶のスープ、いつか笑いながら思い出話し出す」

別れた昔の恋人に、日曜の午後スーパーで偶然出会う。2人でカートを並べ、昔の話しをしていると彼がふと、“幸せか?”と遠い目で聞く。スーパーを出ると、二人はまた、お互い違う道へ雑踏にまぎれて歩き出す…私の今井美樹の歌では断然1位!

2. 渡辺美里 ♪画用紙♪

歌詞を忘れてしまったが、寒い冬にはスープ作ってみる、というような感じであったと思う。悲しみ色に塗られた心の画用紙を、新しい色に塗り替えなくちゃ!という優しい歌で大好きでした。
# by yayoitt | 2005-01-16 21:09 | 英国暮らしって... | Comments(0)
虹をくぐれなかった話
小学校の3年くらいの時、私はサイエンス音痴でロマンチック少女だった。
田舎の星満天の空を見上げれば、その中の1つに宇宙人がいるのだと信じていたし、学校の側を流れる川の行く果てには、カッパの学校が草むらに隠れてあるのだと思っていた。
いじめられっこで、友達のいなかったその頃、想像の中で恋もした。恋の相手は、テレビアニメのムーミンに出てくるスナフキンで、自分はノンノ(フローレンス)という設定で、横に倒れた丸太に座り、隣でスナフキンが♪おさぁびしぃ、山よぉー♪とギターを弾いて歌うのを聞いていた。実際には、電気をおとした暗い両親と私の寝室で、畳の上に丸めて置かれた布団に座っていたのであるが、ドキドキしては、そのスナフキンの歌声に胸を焦がしたりするのだった。
ある秋の日の午後、にわかに降った後の田舎の町に、虹が出た。虹は、大きくてはっきりと、私の目の前にどっしりと両足を踏み固めるようにして立っていた。田畑ばかりの多い、同じ町でも僻地(へきち)の方にそのアーチは張り出されていた。私は、急に胸がドキドキして、自転車を玄関から出して、虹に向かって走り出したのだ。虹をくぐりたい!あの虹の真下をくぐりながら、見上げる虹の下っかわは、どうなっているのか見たかった。ただ単純に、その虹をくぐりぬけてみたかった、そして何の疑いもなくそれが出来ると思っていたのだ。自転車の車輪が、止んだばかりのアスファルトの水を飛ばして、背中にかかる。午後の太陽は、秋といえども入り口で、黒いおかっぱ頭はすぐ熱くなった。虹は、時々消えることがあったが、しばらくするとまた現れるので、ただひたすらに自転車をこいだ。小さな町の家々もまばらで、富山に向かう国道41号線の周りは一面、畑と田んぼ、そして所々に立つ墓があった。田んぼのほとんどが、稲刈りの後で、稲穂を組み立てた細い丸太に掛けて乾してあった。必死に自転車をこいでは、41号線の車の音と周囲の田んぼを見回した。田んぼは幾つも幾つも続いて、遠くの山の麓まで、刈られた禿(はげ)田んぼの中央に稲が並んで見えた。私は、その稲の一部に、何かを見た気がして自転車を止めた。自転車を降り、よく見てみた。茶色の中に、青や緑、白や黄色の何かが忙しく飛び回っているのだ。乾いて硬くなった稲の切り株を踏みながら、その干されている稲の近くに行って見た。10メートルも離れていないところで、私が見たのは、多分7-8羽はいただろうインコだった。どれも色やパターンが異なり、くちばしが黄色に輝いて、非常に美しかった。インコは、しばらくそこで稲をつついたりして遊んだかと思うと、バタバタと不器用に飛んで、見えなくなってしまった。数秒間のその光景に、凍りつく様に立ち尽くしていた私は、青い鳥を見つけた思いがして胸の高鳴りを感じ、これは絶対に、誰にも話してはいけない、そんな気分になったりしたものだった。虹を追いかけていたことも忘れ、また、誰にも話さない自分だけの秘密ということすら忘れ、一目散に今来た国道の歩道を、自転車をこぎ家に帰ると、仕事から帰って来た父親に“野生のインコを見た”と息せき切って話した。どこから逃げて来たのか、どうして大群でいたのか、今でもそれはわからないが、虹をくぐりに出掛けた私の旅は、結局、インコを見つけて幸せな満足した気持ちで終えたのである。
# by yayoitt | 2005-01-15 09:03 | 思い出 | Comments(0)
すっとこナースの思い出 8 事故で変わった人生
整形外科病棟で働いていた1年半。若い人、お年寄り、色々な患者さんが入院していた。
スキーに行って骨折した学生、バイクに乗っていて骨折、頭も強く打っていて一時的に健忘症状のある若者、彼は、見舞いに来た彼女のことさえ事故当時は覚えていなかった。
また、若い頃の大工時代に屋根から落ちて脊髄損傷になり、車椅子生活を続け、いまだに痛みの為に入院を繰り返す40台の働き盛りの方も。ご老人だと、骨折=寝たきり になってそのままずるずると長期入院となる方も多かった。
ある日、事故で四肢を複数骨折したという男性が入って来た。事故の様子は、京都市内をフラフラと歩いていたら車に轢かれた、という話。被害者の彼は、70代の浮浪者で、夜中に道に出たところ、車と衝突してしまった。身寄りがない浮浪者なので金銭のことも病院としては問題であるが、救急車で運ばれてきた以上、最善の治療が施された。話をしていても、昔の女遊びの自慢話や喧嘩話しかしない彼は、ベッド上の生活で精神的に少しづつ危険な状態になっていった。最初はとても無口で大人しかった彼が、手当たり次第に物を投げたり、処置に行った看護師を無事な手でつかんで放さなかったりする。
私が夜勤をしている時のこと。
両足骨折で歩けない彼が、廊下をズルズルと這っているではないか!どうやってベッドを下りたのか見当も付かないが、この時の彼は、乱暴で怒鳴り散らし、“おまえんらなぁー。殺したるぞぉ!”と叫んで手に負えなかった。仕方無しに、当直の若い大柄の医師を呼んだところ、夜中に起こされて不機嫌だったその医師は、廊下でこぶしを振って怒鳴るその患者を
無言のままガシッと抱え上げて、タッタッタッとベッドに連れて行ったのだ。シッポをお尻に丸めて怯える犬の様に、その患者は抱かれていた。彼にとって、軽々と無言で勢いよく抱き上げられたことがとても怖かったらしく、それからはよく“あのお方は”と思い出しては若い医師のことを“凄いお方やったぁ”などと語っていた。それでも、フォークを隠していて看護師に投げたりする乱暴は変わらず、時には大声で泣いては“道端に捨ててくれ”と頼むのだった。
彼は、長年を放浪者として京都の河川敷で暮らして来た。事故にさえ遭わなければ、今も静かに人を避けて夜中の街を闊歩していたに違いない。結局、精神的に正常ではない状態と判断された彼は、警察を通じて、市内の精神病院へとパトカーで連れて行かれてしまった。
歩けない彼が、道端に捨ててくれ、と頼んだのは多分、彼の必死な願いだったに違いない。
どこの道端でもいい、3度の食事よりも週単位で代えられる清潔なシーツよりも、自由が欲しかったに違いない。この事故さえなかったら… 彼の晩年を大きく変えてしまった事故、あれからの人生はどうなったのだろうか?と思うことがある。
# by yayoitt | 2005-01-14 19:33 | 看護婦時代 | Comments(0)
すっとこナースの思い出 8 事故で変わった人生
整形外科病棟で働いていた1年半。若い人、お年寄り、色々な患者さんが入院していた。
スキーに行って骨折した学生、バイクに乗っていて骨折、頭も強く打っていて一時的に健忘症状のある若者、彼は、見舞いに来た彼女のことさえ事故当時は覚えていなかった。
また、若い頃の大工時代に屋根から落ちて脊髄損傷になり、車椅子生活を続け、いまだに痛みの為に入院を繰り返す40台の働き盛りの方も。ご老人だと、骨折=寝たきり になってそのままずるずると長期入院となる方も多かった。
ある日、事故で四肢を複数骨折したという男性が入って来た。事故の様子は、京都市内をフラフラと歩いていたら車に轢かれた、という話。被害者の彼は、70代の浮浪者で、夜中に道に出たところ、車と衝突してしまった。身寄りがない浮浪者なので金銭のことも病院としては問題であるが、救急車で運ばれてきた以上、最善の治療が施された。話をしていても、昔の女遊びの自慢話や喧嘩話しかしない彼は、ベッド上の生活で精神的に少しづつ危険な状態になっていった。最初はとても無口で大人しかった彼が、手当たり次第に物を投げたり、処置に行った看護師を無事な手でつかんで放さなかったりする。
私が夜勤をしている時のこと。
両足骨折で歩けない彼が、廊下をズルズルと這っているではないか!どうやってベッドを下りたのか見当も付かないが、この時の彼は、乱暴で怒鳴り散らし、“おまえんらなぁー。殺したるぞぉ!”と叫んで手に負えなかった。仕方無しに、当直の若い大柄の医師を呼んだところ、夜中に起こされて不機嫌だったその医師は、廊下でこぶしを振って怒鳴るその患者を
無言のままガシッと抱え上げて、タッタッタッとベッドに連れて行ったのだ。シッポをお尻に丸めて怯える犬の様に、その患者は抱かれていた。彼にとって、軽々と無言で勢いよく抱き上げられたことがとても怖かったらしく、それからはよく“あのお方は”と思い出しては若い医師のことを“凄いお方やったぁ”などと語っていた。それでも、フォークを隠していて看護師に投げたりする乱暴は変わらず、時には大声で泣いては“道端に捨ててくれ”と頼むのだった。
彼は、長年を放浪者として京都の河川敷で暮らして来た。事故にさえ遭わなければ、今も静かに人を避けて夜中の街を闊歩していたに違いない。結局、精神的に正常ではない状態と判断された彼は、警察を通じて、市内の精神病院へとパトカーで連れて行かれてしまった。
歩けない彼が、道端に捨ててくれ、と頼んだのは多分、彼の必死な願いだったに違いない。
どこの道端でもいい、3度の食事よりも週単位で代えられる清潔なシーツよりも、自由が欲しかったに違いない。この事故さえなかったら… 彼の晩年を大きく変えてしまった事故、あれからの人生はどうなったのだろうか?と思うことがある。
# by yayoitt | 2005-01-14 19:33 | 看護婦時代 | Comments(0)
行き過ぎた HARRY!
HARRY(ハリー)とは言っても、ハリーポッターのハリーではない。
英国はロイヤルファミリー、故ダイアナ妃とチャールズの次男坊、ウィリアムの弟、ハリーだ。今朝の新聞の一面は、彼の話題で飾られた。最近、何かと話題になる彼であるが、今度のは政治かも軍隊も絡んでの大騒動に発展しそうである。

何をしたか?

彼の友人の誕生日パーティーに参加した彼、何と、スワスティカ入りのドイツ軍兵士の格好なのである。スワティカ=ナチスドイツ軍の象徴、卍 が腕に付いた物だ。
ハリーは現在20歳。その素行が報道陣の的になっていて、度々、ナイトクラブの帰りの姿やドラッグを使っていることが報じられたりしている。1人の普通の英国人若者男性であるあから、お酒を飲もうが、酔っ払おうが、喧嘩をしようが、微笑ましく思えたものである。

ただ、今回は違う。

彼でなくても、どの英国人であっても、スワスティカを身に着けたものならば、周囲の人は警戒したり避けられる。例えば日本人が、中国や韓国に行き第二次世界大戦の兵士の格好をして見せるようなものだ。このハリーの場合は、天皇家の誰かが日の丸入りのハチマキをして、日本刀を身に付けて登場するぐらいの驚きである。分別、良識が十分にわかっているはずの年齢だ、という声と、20歳という若気の至りだ、という声もあるが、英国ロイヤルファミリーとしては、信じられない出来事である。彼は、じきに英国の軍隊入隊予定なのであるが、それさえも拒否される可能性が出てきた。ある意味、かごの中の鳥 の様な生活を強いられているであろう彼ではあるが、現在の自分が置かれている状況の見極めが、間違うどころか、精神を疑ってしまうような極端な過失は、取り返しが付かないし、恐ろしいものである。
いくらプライベートを撮られた写真であろうと、そんな言い訳は、通用しないのだ。

彼は昨夜のうちに、謝罪をしている。

“ I AM VERY SORRY IF I HAVE CAUSED ANY OFFENCE. IT WAS A POOR CHOICE OF COSTUME AND I APOLOGISE.”

“ もしも僕のしたことが誰かの感情を害したのであれば本当に申し訳ありませんでした。ひどいコスチュームの選択をしてしまいました。謝ります。”

ひどいコスチュームの選択云々(うんぬん)ではなく、選択する時点で、考えられなかったのか??
c0027188_8435046.jpg
ハリー、頼むよ。
# by yayoitt | 2005-01-13 08:40 | 英国暮らしって... | Comments(0)
お気に入りの日本ドラマ
1990年、脚本 内舘牧子 ♪想い出にかわるまで♪
東大卒のエリートサラリーマン高原(石田純一)との社内結婚を間近に控えた女性、沢村るり子(今井美樹)。るり子は、高原とは違った価値観を持つ写真家、水口(財津和夫)との出会いに揺れ動く。幸せだろう結婚の理想と現実、気持ちの微妙な揺れ動きの中で、るり子の中に“結婚”へ向けて割り切れない気持ちが残る。一方、以前から姉の婚約者である高原を一途に想っていた、るり子の妹・久美子(松下由樹)は、姉にできた心の透き間を読みとり、激しく高原にその想いをぶつける。水口の出現、結婚へ向けて踏ん切りをつけないるり子との間にすれ違いが重なり、高原の心も次第に揺れ打ち拉がれる。そんな高原に自分の想いを訴え続ける久美子は、強引に高原と関係を持つことに。やがて家族は、久美子と高原の関係を知ることになる。るり子との結婚で、東大卒のエリート高原に跡取の期待をかけていた、町工場を経営する・父(伊東四朗)。そして、理想を押し付けようとする父に反発する予備校生の弟・セイジ(大沢樹生)。それぞれがるり子、高原、久美子の関係を知り、家族をも巻き込みドラマは展開する。お互いに気持ちを残しながらも度重なるすれ違いに激しく苦しみながら、るり子、高原はそれぞれ違う道を歩むことに。高原は妹・久美子と結婚し、るり子は写真家水口の助けを借り、一人で歩んでゆく。気持ちがないのを知りながら、ただひたすら高原に向かっていく久美子。るり子、高原は、苦しみながらお互いへの気持ちを必死で断ち切ろうとする。
やがて月日は流れ、偶然るり子、高原は出会うが、お互いの気持ちが想い出にかわったことを確かめ合い、それぞれの道をまた歩き出すのだった。
これまた爪を噛むばかりか、オイオイ泣いてしまうドラマだった。今井美樹が長女としての立場もあり、必死に苦しみに耐える姿がとてもかわいそうで、また、彼女は毎回の様にドラマの中でよく泣いた。泣けるドラマ、と言えば、真っ先にこのドラマが頭に浮かぶ。これも、家族と恋愛、結婚が複雑に結びついた、日本らしい興味深いドラマである。ここでの水口(財津和夫)という男が、とてもクールで冷たくもあり、しかし、愛に関しては横暴でもある。それに比べて、高原(石田純一)は弱くて優柔不断で、はっきりしないから周りの人を傷つける。私は、前者の水口は苦手で、いわゆる“男らしくない”と言われがちな高原が好みだった。やっぱり彼の、自分で決断できない部分を見ていると、私がますます追ってしまおう!と感じるからだろうか。基本的にミーハー、追っかけの私は、どうもこういうタイプに弱いのかも…。
c0027188_5293499.jpg

今井美樹の歌をよく聞くようになったのは、このドラマより少し後のことだが、彼女がよく歌う悲しい恋の歌のイメージにも重なる。

☆ それにしても、やっぱり日本のドラマは、繊細で複雑で静かで熱くて、いいなぁ ☆
# by yayoitt | 2005-01-12 05:27 | 遠くにて思う日本 | Comments(0)
お気に入りの日本ドラマ
c0027188_544448.jpg
1994年、脚本 北川悦吏子 ♪君といた夏♪
一流企業に内定した入江耕平(筒井道隆)。学生時代最後の夏をどう過ごそうかと考えていた矢先、母親から親戚の佐野朝美(瀬戸朝香)を預かると言われる。入江と後輩の杉矢稔(いしだ壱成)は期待しながら待っていた朝美が現れた瞬間、目を疑った。小さい頃の可愛かった朝美は族あがりの不良娘になっていた。こうして3人の微妙な夏が始まった。入江耕平は大学の研究室で一緒の(松下由樹)に恋をしている。松下由樹は、同じ研究所内の(乃木 涼介)と婚約するが、元彼女との復縁をきっかけに別れてしまう。朝美(瀬戸朝香)が入江耕平(筒井道隆)に対しての真っ直ぐな恋心を杉矢稔(いしだ壱成)に気付かれる頃、入江耕平(筒井道隆)と(松下由樹)の間に違った感情が生まれ…。結構、すれ違いばかりの爪を噛むドラマだ。
先日、近くの図書館に行ったら、この脚本を小説にした本を“ジャパニーズブック”の中に見つけたので、早速借りて一気に読んだ。ドラマでは、スカイパーフェクトでやっていた再放送を、去年くらいに2回見た。10年も前のドラマとは知らなかったが、とってもよかった。
日本の暑く短いひと夏に起こる様々な恋愛の矢印の行方…。大好きなドラマの1つだ。
この中で、誰に対しても優しく、まじめな入江耕平(筒井道隆)を、私はどうしても好きになれない。優しくて一生懸命だけど、雨の中ずっとマンションの前で待っていてくれたり、風邪をひいたと聞いては色々な買い物をして飛んで来てくれる…こんな彼を、私はとても苦手としているのだ。多分、私は“ミーハー女”で、追っかけが好きだから、追っかけられるとトットコスットントンと逃げたくなるのかも。ちなみに私が好きなのは3人もいる。
1人は、松下由樹の元婚約者で、別れた彼女との復縁を理由に松下由樹と別れたにも拘らず、その彼女が去ったら、再び松下由樹を呼び出してしまうという“なんちゅうぅ男なんじゃぁいぃ!”という人。この勝手さと、弱さ、優柔不断さに惹かれる…
2人目は、ウッチャンが演じる松下由樹のお見合い相手役。彼女のこととても好きなんだけど、しつこくなく、追っかけたりはせずに遠くにいて静かに見守る、という人。ウッチャン ファンだからというだけでなく、恋愛に慣れていて、一生懸命さを見せないとこがとてもクールで惹かれる…
3人目は、杉矢稔(いしだ壱成)で、大学生で若いけどそれなりに恋愛経験は豊富、とにかく優しいのにそれを上手く外に出せない、そのアンバランスさがとても魅力的で、こんな人に愛されたらいいだろうなぁ…幸せだろうなぁ…と真剣に思う。
若さゆえの、悲しい表情を、いしだ壱成がとても上手く演じているのには頭が下がる。

☆ それにしても、やっぱり日本のドラマは、繊細で複雑で静かで熱くて、いいなぁ ☆
# by yayoitt | 2005-01-11 05:42 | 遠くにて思う日本 | Comments(0)