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RHODESIAN RIDGEBACK ローデジアンリッジバック
RHODESIAN RIDGEBACK ローデジアンリッジバック

犬の種類である。

この前の土曜日に、マイケルのビジネスの関係で訪問してくれた女性が、このリッジバックを飼っており、一緒に我が家にやって来た。

彼女の名前は、ZURI ズリ。

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アフリカで猛獣狩りに使われ、ライオンハウンドと呼ばれる大きな犬。

その名は、背中のまるで鬣(たてがみ)のようなリッジから来ている ... 毛が直線状に毛流と反対方向に生え、隆起線(リッジ)作っている。

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ライオンハウンド、またはその大きな身体からは想像しがたい、優しい穏やかな性格。

初めての、そして雌犬の訪問であったにも関わらず、ノーマンは全く抵抗をしなかった。

そのリッジバック、ただご主人の側にジッと座り、2時間ほど私達がお喋りしている間ずっと、それぞれの顔を交互に見つめるだけであった。

ライオン狩りに使われたとは言え、リッジバックは単独でライオンを倒す事はできず、2、3頭の集団で猟に使用され、その温和な性格でもあることから、積極的にライオンを襲う事は無く、もっぱら追跡犬として働き、優れた耐久力と俊敏さによってライオンを追いつめ、吠えて主人に教えるのだそうだ。

本当に犬は、人間の為に、人間と共に、そして人間の手の中で、生きているのだな...。
by yayoitt | 2005-11-30 05:31 | 迷い犬、犬のこと | Comments(10)
捨ててきたもの
人生を振り返ると、一度は手に入れたいと思っていても、選択の中で捨ててきたものは沢山ある。

未来に、一度は捨てたと思っていても、また拾うこととなるかもしれない。

それは、わからない。

マイケルとの生活を選ぶことで、私は、悩み考えてぬぐい捨てたもの、が幾つもある。


安住の生活、

日本での生活、

愛する飛騨での生活、

愛する両親、姉達とのいつでも会える生活、

昔からの大事な友人との語らい、

白い湯気に浮かぶ温泉、

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安定した収入、

うたた寝するコタツ、

畳の上で大の字になれる夏の日、

大好きな、故郷の年に一回のお祭り ...



または、動物の為に生きたいと願うことから、自然に、苦労なく捨てるものもある。


安定した収入、

物欲、

ドキドキして楽しんでいた買い物、

車のある生活、

我が子を持ちたいという思い、

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子供を育てるという喜び ...



それはもしかして、捨ててきたように思えて、残しただけなのかもしれない。

また拾い上げるのかもしれない。

だけど、あれもこれも、人間はやはりそんなには、持ち抱えられないものなのであろうか...。

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by yayoitt | 2005-11-29 05:38 | やっこの思想 | Comments(18)
やっこの愛する画家 Avigdor Arikha
        Avigdor Arikha (1929 - ) イヴィグドル アリカ

彼はルーマニアに生まれ、幼い頃にホロコースト(ナチスドイツによる迫害)を免れた、ユダヤ人画家である。

パレスチナに1944年に移り住むも、イスラエル独立戦争中に大怪我を負い、パリに移り、 1949年から1951年まで Ecole des Beaux-Arts でアートを学び1954年には本格的にパリに住み着くこととなる。

最初イラストレーターとして活動し始め、1965年までは抽象画を描き続け、彼の友人や知人を描き、エッチングしていったが、1973年に再びキャンバスに直に素早く、油絵の具などでペインティングし始めると、その独特の美しい人物像は命を宿し、彼の活躍は現在に至っている。

彼のコレクションは、ニューヨークやパリ、またはエージンバラにも沢山保管されている。

私と彼との出会いは、5年前に訪れたエージンバラのナショナルギャラリーにて、一枚の絵の前で釘付けになったのだ。

http://www.nationalgalleries.org/collections/artist_search.php?artistId=2677&initial=A&artistName=Avigdor%20Arikha# 

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この構図、曲線、空間、そしておもしろさ。

次に見た絵の、私は、“ 手 ” にとても興味を持ったのだ。


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手 が私にこれほど語りかけてくれる絵画は、それほどなかったから。

その後、毎週一度の絵画教室で私自身、裸体画を学び始めたのだが、そこで出会った講師(ロビン スパーク)が、Avigdor Arikha の大ファンであり、彼の絵に大きな影響を受けた人だったのだ。

また、ロビン自身、熱心なユダヤ教徒であった。 

ロビンは、手 を描くことにとても興味を抱いていて、いつも、実際の手の大きさというものや、手の存在感というものを必死に教えてくれた。

裸で立つモデルを睨みながら、私も必死にその 手 を強調しては描いたものである。

私が日本に帰る為に絵画教室を辞めると決めると、ロビンは、彼のフラットに私とマイケルを夕食に招待してくれた。

その夜に、ロビンが私に一冊の本をくれたのだが、これが何と、Avigdor Arikha の本だったのだ。


今でも彼が講師をしていれば、遠くてももう一度、通いたいと、そして様々な 手 を描きたいと思っている。

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                この、手

http://www.marlboroughgallery.com/artists/arikha/artwork.html
by yayoitt | 2005-11-28 06:00 | やっこの思想 | Comments(4)
あの人は
                 また、あの人の夢を見た。

        あの人は、どうして私が寂しい時に、会いに来るのだろう。

        あの人は、どうして私が会いたいと思うと、現れるのだろう。

        あの人は、私には決して触れることがなく、ただそこにいる。

     何か喋るのだろうけど、声は聞こえず、ただ発した言葉が心に残るだけ。

      あの人は、いつも最後に会った時のままの笑顔で、そこにいたりする。

 時には、木の影に立っていたり、時には、見知らぬレストランで光の中に佇んでいたりする。

 あの人は、どこにいても私を見つけて眩しそうに微笑み、だけど決して近付いてはくれない。

                  その皮膚の温もりが知りたい。

                  その汗の匂いを思い出したい。

2人が、2人でいた証を、そこに感じたいと思うのに、それは遠ざかり薄らいで、靄(もや)と化す。

   あの人は確かに、私の思い出の中に生き続けるのだけれども、時々私に会いに来る。

 そして、それが夢であったか、現実であったか、そんなこともどうでもよくなり、あなたを探す。

                       また、探す。
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          そして、辿り着く最果てに、何故かあなただけ、いない。
by yayoitt | 2005-11-27 07:45 | 恋愛とは... | Comments(4)
ちょっと歯医者さん気分
   まさか、私がこれをする立場になるとは、夢にも思っていませんでした。

私は物心付いた時から歯が悪く、歯医者嫌いは格別のくせに、歯医者とは縁の切れない悲しい性(さが)。

それは、今までどれほど歯医者を呪ってきたことでしょう...

注 : 決して個人的な恨みはなく、歯医者の友人もいるので、一般的に歯科医院嫌い ということです、あしからず。

そんな私が、動物病院では、ワンコの歯を機械を使って削っている!!!

しかし、これがまた、気持ちの良い仕事なのです。

全身麻酔で眠っているワンコ、ニャンコの歯を、まずはペンチのような器具で長年積み上がった硬いプラークを割り、そしてプラーク取りの機械で、歯茎と歯の隙間、着色した部分、とことん、削り取っていくのです。

削ると言っても、大抵は、日本で歯医者が使うドリルではなく、スケーリング(助手さんが掃除してくれるあの機械)なので、表面を削り洗うくらいですが...

表も裏も、前歯も奥の歯も、全部磨き残しのないように綺麗にします。

ペダルを踏ん張り、ウイ~~~ンというあの音も、自分が歯医者の椅子に座って聞くと、吐いてしまいたくなるくらい怖いのに、自分の足でペダルを踏んでいると、あ、ここも、そこも、もう少し、これを完全に、と欲が出てくるから不思議です。

...だけど、ワンちゃん、ネコちゃん、眠っているから、痛みはありません。

ただ、全身麻酔なので、なるべく短時間に、気管に入っているチューブに気を遣い、呼吸を気にして行なわなければなりません。

今週になって、2度これを経験(ジャーマンシェパードの大きな口と、ボーダーテリアの小さな口)した私。

スケーリングの機械を持って付かれ切った右手をぶら下げて、終了後に一言。

“ 人間も、こうして眠ってるうちに歯の治療をしてもらえたら、どんなにいいだろう ”

心からの声でした。

私の歯医者通いは、まだまだ、続くのです。
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        噛み噛みは、プラーク除去に役立ちます。
        私も時々、ノーマンと一緒に噛んでます。

                   嘘です
by yayoitt | 2005-11-26 02:23 | 動物病院での出来事、仕事 | Comments(2)
ペットブームの影で...私達に出来ること
               ペットブームの影で

  http://43.253.19.226/tamashii/scoop/0303/28_01/index2.html

残酷であることを心において、今日本で毎日毎日、繰り返される光景を見てください。

かわいい、欲しい、人に見せたい、自慢したい、かわいい!!!

命です、わかっているだろうか?その大切さ、重さ、尊さ、難しさ...

もしもあなたに、今の日本のペットブームの陰に潜む、不幸な動物達を何とかしたい、という思いがあるとしたら...

まず、出来ることは...

1人でも多くの人に、事実を、真実を、伝えること。

そういう為に、衝撃的ではあるし、きっと傷付くだろうけど。こういう見たくない、映像や写真はあると思います。

それが衝撃で、辛すぎる、苦しすぎるからこそ、そこに怒りと憤りと、熱い思いが生まれてくれれば...
 
私達一人一人はちっぽけであっても、皆が一緒に力をあわせたら、この絶望的な状況は変えられるはずです。

だって、この悲しい犬猫の最期は、人間によって、人間の為に、人間だからこそ、こんなに残酷になされるのだから。

まずは、知ってください。

そして、広めてください。

あなたの隣の家で、子供が犬を欲しがっていたら、それをお母さんが、はいはいと応えていたら...

ペットショップで、かわいいを連発しながら、叩くなと書かれているのにドンドンガラスを叩いている人を見たら...

直接でなくても、人に伝えることで、その人から次の人へ...“事実” は、必ず伝わるはずです。

by yayoitt | 2005-11-25 05:51 | 保健所の動物のこと | Comments(14)
マイケルのビジネスいよいよ
夏から充電させていた(=夏からず~っとホリデーを楽しんできた)マイケル。

彼の、ビジネスがいよいよ、本格的に始まろうとしている。

今まで、大学卒業後ずっと英語教師一本で来た彼が、思い切っての自分のビジネススタートである。

ビジネスカード(名刺)を作り、あとは印刷に回すだけだし、チラシも出来て、来週から動物病院やペットグッズショップなどを廻る予定である。

名刺には、彼とノーマンの写真が載っている。

先週末に、いつも散歩に行く公園で私が撮った写真だ。

ドッグウォーキングに、ボーディング(我が家で犬を預かって宿泊させるというもの)が、彼のメインの売りである。

他のドッグウォーカーの中には、一度に7犬も8犬も連れて散歩する人がいるが、マイケルはそれは絶対にしないという。

... どう考えても、1人で、責任を持って安全に散歩できる犬の数は、1~2匹である。

これは、どの犬の主人が考えても、そう応えるだろう。

1対1で、犬のとって、そして主人にとっても丁寧なサービスをしたいと願う彼。

来年の今頃は、このビジネス、どんな風になっていることだろう...。
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by yayoitt | 2005-11-24 04:52 | マイケルのドッグウォーキング | Comments(14)
ちょっと愚痴り...
ちぇっ!昨夜は、顎が2回も外れた。

何とか、自分で戻せたけど、夜も怖くて眠れなかった。

ちぇっ!今朝は歯医者で歯を抜いた。

ずっと私を悩ませてきたでっかい歯、大きな穴だけが残ったけど、若くして、失くした歯の存在は大きい。

その歯茎と顎がずっと痛い...仕事中も痛くて痛くて痛み止めを飲んでいる。

ちぇっ!看護婦が1人病気で休んだから大忙しだった。

毎日のように、時間外で働いている、電話の応対と、窓口の応対でてんてこ舞いになる。

でもでも、マイケルがちゃんと、ご飯を作って待っていてくれる。

こればかりは、文句が言えない。

ちぇっ!の代わりに、ちゅっ!
by yayoitt | 2005-11-23 05:29 | 英国暮らしって... | Comments(10)
初めての安楽死から~ 終わりに
今回、動物病院にての初めての安楽死を経験し、それを機会に、多くの方々と様々な意見を交わせたことを、とても嬉しく思います。

安楽死は、人間であれ動物であれ、本当に繊細な難しい問題であり、決してイエスかノーか、正しいか正しくないかの問題ではありません。

それは、愛の元に選択されるべきであって、その命の、生きている価値が苦しみや痛みにより失われている時にこそ、その選択の余地を残すべきであるものだと、信じています。

他には、どんな理由であれ私は、上に挙げた以外の状況での安楽死の選択は、あってはならないと思います。

今後、様々な症例、家族関係、動物を見て行くことで、その考えが変わるかどうかはわかりません。

しかし、人間が何ものかの命を簡単に奪える以上、それは真剣に考えられ、決して簡単に出される答えではあってはならないのです。

愛があっての、選択であるべきなのです。

この問題を取り上げることで、多くの読者の方に、過去の辛い思いを思い出させたこと... 、現在ペットと一緒に暮らしてみえる方には、辛い未来を想像させてしまったことを、今一度、お詫び申し上げます。

そして最後に、ここで本当に温かい優しい心の持ち主に沢山出会えたこと、こんなに素晴らしい人々が日本にいるのだということを知り、心から嬉しく思い、感謝しています。

こんな素敵な人々がいるのだから、今の日本の、ペットブームによる悲劇(保健所での窒息死...安楽死ではありません)は絶対に変わって行くと、日本の将来に明るい光を見た気がします。

本当に、皆さん、ありがとう。
by yayoitt | 2005-11-22 05:12 | 安楽死に思う | Comments(2)
初めての安楽死から~ 症例 4 と 5
これは、同僚の看護婦、アイリーンから聞いた話です。


1例目  まだ6歳くらいの、若い犬の話です。

この犬を飼っていた人は、スコットランドからオーストラリアへ急に引っ越すこととなり、愛犬をどうするか、悩んだそうです。

そして、ある週末、その飼い主は、これが一番幸せ、と決断を下したそうです。

   安楽死

自分たちはこの愛犬をオーストラリアへ連れて行けない...

でも、この犬にとっては、自分たちといることが一番の幸せである...

自分たちと暮らせないくらいなら...


そういう決断だったと言います。

たまたま、その週末に安楽死を決心した為、週末休みだった、うちの動物病院ではなく、他の動物病院にお願いに行って、逝かせたそうです。

週末開けにその話を、飼い主から報告受けたうちの先生や看護師は、皆、ひどく心を痛めたそうです。

そうと知ってたら、何とか、リホームさせるなり説得して誰か引き取るなり出来たかも知れないのに ... と。

  これも、飼い主による、選択でした。


2例目  確かまだ若い元気な犬の話です。

ある家族が、その飼い犬を病院に連れてきました。

“子供を噛んだのだ、危険だからどうか、安楽死させてあげて欲しい” と。

家族の決断で、こうして頼まれた場合、動物病院側はそれを受け入れるしかありません。

そして、まだ若い遊びたがりな大人しいその犬は、永遠に、逝きました。

その犬を知るスタッフは、今まで人を噛んだこともなかった、大人しくて優しいその犬が悔やまれてなりませんでした。

その後、看護婦が、噛まれた子供は大丈夫か?と尋ねた時 ...

家族の1人が言ったそうです。

 “子供はすっかり元気で、もう猫の尻尾(しっぽ)引っ張って遊んでるよ” 

噛まれた子供 ... 猫の尻尾を摑んで遊ぶようなことを、きっと、その犬にもしたのでしょう。

その子供が噛まれた傷も、おでこを縫うほどではなく、バンドエード一枚で済んだような傷だったそうです。

人間の命は、動物のそれよりはるかに、尊いのか?大事なのか?価値があるのか?

  これも、飼い主による、選択でした。
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by yayoitt | 2005-11-21 04:27 | 安楽死に思う | Comments(8)