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ノーマンの話 我が家に来る日
2003年1月、積もった雪がかんかんに凍った道路を、父の車で、山奥のノーマンの家まで走らせた。

カウントリーコテージといった感じのその大きなおうち。

木製のドアを開けると、暖かな空気と共に、暖炉の燃える臭いと音、そして何かが駆けて来る音…

ノーマン、玄関にダ~イブ!!

この、新しい人好きは、今も変わらないが、しかしこの興奮振りは素晴らしい。こんな風に迎えられたら、誰でもすぐに彼女に恋をしてしまうじゃないか…。

マイケルと父と3人で、通された居間にお邪魔する、ソファーに腰掛けると、

ノーマン、ジャ~ンプ

ふと気が付くと、何か小さな動く物が … 居間の端っこ遠くから、ノーマンの喜びぶりと、それに声をあげている私達をジ~ッと見つめる小さな目。それが、この家に昔っからいる、柴犬だった。
彼は、すっかりノーマンの影となり、普段なら大好きな私の父の所にも来ないでいた。

かなりストレスになっているのだろうか…。

ご主人と、色んな話をして、今まで犬を飼ったことのなかったマイケルと私は、まるでその一瞬一瞬が夢のように感じながら、ソファーで跳ねる くるみちゃんを 見つめていた。

数日前、確かにマイケルと私は話していたはず … 里親になるなら、くるみちゃんだけは遠慮したい … と。それが、どういうわけか、再度彼女を預かり1日一緒に過ごして、彼女への気持がかなり傾いてしまい、また、ある “ 挑戦 ” への魅力も感じていた。

そして私とマイケルが、くるみちゃんの里親になると決めた時に、とにかく、固い決心をした。

“ 一貫した、躾(しつけ) ”

そう、これが、魅力を感じた挑戦であったのだ。同じ家の中の人間一人が違うことをすれば、犬は困惑する…だから、一番大切なことは、いかに私とマイケルが同じレベルで躾をするか、である。

泣きそうになりながら、くるみちゃんを私達に渡してくれるご主人の彼女は、いつまでもくるみちゃんを抱き締めていた。

その夜から、くるみちゃんは、ノーマンになり、それはそれは大変な、彼女と私達とのトレーニング生活が始まるのであった。

が、それはまるで永遠の、幸福と人生の大きな宝物との出会いでもあったのだ
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by yayoitt | 2005-09-30 21:20 | 愛犬ノーマンのこと | Comments(9)
ノーマンの話 我が家に来るまで
ノーマンが我が家の一員になって、もう数ヶ月で3年になる。2003年1月にうちに来た彼女は、それは大変な、手のかかる、甘やかされた1歳半のビーグル犬だった。

彼女の生い立ちは、こうである。

仔犬として、ある若いお母さんと、その子供がノーマン(元の名前 くるみちゃん)を飼い始めた。
お母さんが、離婚して実家にノーマンと子供と帰って来た、が、すぐに、ノーマンを実家に置いたまま、家を出てしまった。

残った仔犬のくるみは、まだ遊びたがり、元気の良いエネルギーの有り余った生後数ヶ月...

ところが、くるみを預かった年老いた両親は、犬の飼い方なんて知らないから、24時間外で綱に縛ったまま放置、ご飯と水を貰うだけ。散歩なんかには連れて行ってもらわないので、ウンチもオシッコも、縛られている外のアスファルトの動ける範囲内でしていたらしい。

一番、誰かの愛情が必要で、一番、何にでも興味を示して動き回るビーグルの仔犬時代。散歩もない、誰も頭を撫でてくれない、誰も声を掛けてくれない、冷たいアスファルトの上で一体、何を見つめていたのだろう...

この家の隣に、ある女性の勤める会社があった。

彼女は私の両親と昔からの友人で、この会社の社長の奥さんで、家には柴犬を飼っていた。
彼女が、毎日ずっと外で寒さに震えているくるみちゃんに、小屋を作ってあげたり、毛布を持ってきたり、散歩もしたりするようになった。余りにも可哀想だったので、とにかく里親になりたいと申し出ると、すぐにそれは受け入れられ、くるみちゃんは、彼女の家に引っ越した。

家の中には、もう数年もずっと1犬で暮らしていた柴犬がいて、最初は苛められたらしいが、彼女の家で、くるみちゃんは、今までの生活とは比べ様のない生活をすることとなった。

ごはんは常に焼いた牛肉にチーズを混ぜた物、朝ごはんが終わったら、山手のリゾート近くのその家から、“いってらっしゃい”と放し飼い。山中を歩き回り、向かいの温泉施設のゴミ箱をあさり、近くの田んぼや畑を掘って野菜を食べ、夕方になると、家に帰って来る、そんな毎日だったそうだ。家の中でも、ソファーに上がり放題、好きなことし放題、食べたい時にお願いして食べ放題。

くるみちゃんにとっては、夢のような自由で心地の良いお姫様生活だったに違いない。

一緒に生活していた柴犬も、最初のうちはくるみちゃんを負かせていたが、だんだん、くるみちゃんの支配下に落ちて、トップドッグは、断然、くるみちゃんになった。

                女王くるみ 誕生

ところが、それまで一心に受けていたご主人の愛情をくるみちゃんに取られ、王の座をくるみちゃんに取られた柴犬、ストレスで精神的、身体的に症状が出てきてしまったのだ。

その頃、私とマイケルは、英国移住の予定も立っておらず、念願の犬を飼うことを話し合っていた。

また、この時を同じくして、くるみちゃんを2回ほど、家で預かったこともあった。くるみちゃんにリードを付けて、マイケルと一緒に散歩に行くと、それはもう、散歩とは言えない、引きずりまわし... 生まれた時からリードでの散歩を知らないので、常に首が絞まった状態で、散歩中は常に“ぜ~ぜ~ひ~ぜ~”、散歩が終わると、しばらく咳き込む、という状態だった。

犬を飼いたいと思っている私達は、保健所に電話して里親になりたいと申し出たが、よく説明もなく“難しい”と言われて諦めた。二人の間では、絶対に、買わない!飼うならレスキューする!と決めていたので、誰か里親を探していた。

そんな2人だが、よく、こんなことを言ったものだ。

“どんな犬でもいいけど、絶対、あの、くるみちゃんだけは、ちょっと駄目だよなぁ...”

散歩を一緒に楽しむと言うことは、私達にとってとても大きなことだったのだ。

              続く
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by yayoitt | 2005-09-29 00:23 | 愛犬ノーマンのこと | Comments(0)
最近のネッズの流行
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バーバリーの次は、一体、なんだ??(http://scotyakko.exblog.jp/d2005-07-22)ご参照

彼ら、ネッズの流行は、それなりに、動いている。

それが、自転車、である。

今までは、自転車に乗るのは、本格的なサイクリストで、マナーを守り、車と同じ車道を走っている人ばかりだった。

が、今日この頃は、歩道を、じゃんじゃん身勝手に走る若者が急増している。

しかも、彼らは、ネッズ!!!

運転も乱暴で、そのくせ、彼らは自分達がクールだと思っているから、胸を張って風を切っている。

しかし、この街で、自転車は、かなりスポーツ感覚でないと乗れない。

何故ならば、街中、坂だからだ。

どこへ行こうとどっちへ行こうと、平らな道は、ない。

ボールは必ずどちらかに転がって行く、それがエディンバラである。

オランダは自転車天国という意味は良くわかる、だって、とにかく平らな国だから(オランダのことを英語で、Netherlandと言うが、これは山のない平らな国、という意味)。

しかし、日頃、運動不足のネッズが、この坂ばかりの街で、規則も知らずに乗り回す自転車事情...私は正直言って、かなり心配なのである。

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by yayoitt | 2005-09-28 00:13 | 英国文化って... | Comments(11)
こんな秋の日
この週末は、金曜日と月曜日がお休みだったので、4連休だった。

なんでも、普段の公休日に休めない製造業(会社)の為のロングウィークエンドということらしい。

昨日の日曜日は、天気も良くて温かめだったので、マイケルと午後からちょっと長めのお散歩に出掛けた。

エディンバラの街の中を、一本の細い長い河が、リース港へと流れているが、その川沿いに散歩道が設けられている。

今までも何度かその散歩道の途中から入り途中で抜けたり、また、毎日ノーマンとの散歩は必ずその散歩道の一部を歩いたりする。

この河に沿った散歩道、Water of Leith と呼ばれており、全長約12マイル=20キロで、遡ると900年もの歴史のある河である。

散歩道は左右を木々で覆われ、時々河から離れるが、すぐにまた河に出るという感じで続いている。

以前は、リース港に出す為の船を流したり、商業の中心になっていた大切な河である。

野生の白鳥が春以降は子供を連れて泳ぎ、カモメはもぐりを練習して見せ、子供がそれを習う、そんな姿が毎日見られる。

私とマイケルは、将来のことや、マイケルの会社の名前のこと、色んなことをブツブツ喋りながら、リース港まで歩いて行った。

途中で、ブラックベリー(ブランブル)という野生のベリーを採って食べ、袋を持って来ていなかったのを後悔したりもした。

また、野生のローズヒップが沢山実っていたので、これは美肌にいいのだ、とマイケルに熱弁を振るい、やはり袋を持って来なかったのを後悔した。

ポカポカ秋のお休みの1日、こんな風に過せると、ちょっぴり幸せを感じてしまう...今日この頃。
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by yayoitt | 2005-09-27 21:51 | 英国暮らしって... | Comments(0)
マイケルと私のドジ話
日本に滞在中のこと。

家のキッチンの電球が切れたので、二人で近くのホームセンターへ自転車で電球を買いに出掛けた。

いろんな種類の電球がある中、私達はワット数で、一番暗い(家の中の電気は暗いのが好きなので)のを選んでレジへ。

家に帰って、早速ダンボール紙で出来た外袋から電球を取り出すと...

外袋に包まれている間は、ただの真っ白の電球だったのに、袋に隠れていた部分はなんと、銀色ではないか!!!

袋から取り出したマイケルが “なんじゃ、これは??”と叫んだので、見てみると、何なの?この銀色の電球???

テーブルに置かれた外袋を、手に取って、今一度、よく読んでみた私...

< 養鶏所 電球 >

よ、よ、ようけいじょ ??

そう、養鶏所専用の電球ではないか!

そこでマイケルと大笑い、その後、マイケルにお叱りを受け “ちゃんと日本語、読んで下さい” と日本語で。

またまた2人でホームセンターに自転車で戻った。

カスタマーサービスで、真っ赤になりながら “ すみません、養鶏所用の電球を、間違って買ってしまって...”

それにしても、レジで売ってくれたお姉ちゃん、変だと思ったに違いない。

どう見ても、養鶏所とは何も関係のなさそうな、外国人と日本人のカップルが、当たり前の顔して養鶏所専用ランプを買って行く...どう見ても怪しい夫婦。

マイケルに帰り道、真顔で私は言ってみた。

“でもさ、あの電球を寝室に付けたら、私は卵を産めたかもね”

産めたかな?

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by yayoitt | 2005-09-26 04:37 | 思い出 | Comments(12)
温泉の思い出 混浴 3
ある年の、いつも恒例の混浴の夜。

まずは女性軍が先に露天風呂の湯船を陣取り、男性軍をそこで待つ=脅かす という作戦であった。

内風呂から、3人の男性同僚が、次々に外風呂に出てきた。

湯気の立つ湯船の中には、年齢も様々な、約20個の目ん玉が輝いていた。

1人目 ... 一番若い、ちょっと太った酔っぱらいA、

大袈裟に驚き、すぐにタオルで前を隠して、おろおろしながら少しづつ近付いてきて、湯船に、誤りながら入って来た。

生贄(いけにえ)一人目、ゲッツ!

2人目 ... 3人の中では一番年上で、仕事上の立場も一番上、私は彼を親友の一人と思うくらいで何でも話せる、とっても可笑しな興味深い、いい男B、

さすが何があっても驚かない、“おお、”と持ってるタオルの手を上げて、そのまま隠さずにどしどしこちらに近付いて来た...反対に、女性軍が“うわぁ~~”と目を背けてしまった。

3人目 ... 同じ飛騨生まれ育ちで、今が一番、仕事も、よく喋る飛騨弁の口も、のりにのったC、

戸を開けて、合計24個もの目玉が注目するのに、一瞬たじろいだかと思うと、すぐに持っていた白いタオルで、大事な部分を隠して近付いて来た。

......ところが!!!

本人は、隠していると思っているタオルが、濡れているので広がっておらず、まるで棒状になって、彼の大事な部分だけを丸見えにしたまま、その周囲をかたどっている、という状態だったのだ。

目を凝らして見れば見るほど、つまり、白い(タオルの)額に入った彼の一物(いちもつ)にしか見えない。

集中した24個の目は、一気に爆笑と化し、それでも同じ部分を見続け、何を笑われているのか途中で気が付いたCは、赤くなってすぐに濡れたタオルを広げて隠したが、もう遅かった。

今でも、彼の額に入った一物
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の話は、それは美味しい酒の肴になるのであった。
by yayoitt | 2005-09-25 02:37 | 思い出 | Comments(1)
あるワンコの里親募集 解決後に思う
日本でワンコの里親を緊急募集の記事を、トモさんのところからそのまま貼らせて頂いていましたが、一時預かりの里親さんが見つかったということで、記事を削除させてもらいました。

早期の解決で嬉しい一方、元の飼い主さんが “子供がまだ小さいこと、犬が大きくなって持て余したから保健所に連れて行こうと思ったそうです。”

という思いであったことを聞き、本当に強い憤りと悲しみを感じております。

犬(動物、命)を飼おう、いつか飼いたい、と思っている方、今現在飼っていらっしゃる方...

どうか、一度、命をあなたの手で養おうと決めたなら、最後まで責任を持って面倒を見てください!!

自分の子供が生まれる...それを予測して、その時どうするのか?ちゃんと子供も犬も一緒に飼えるのか?考えてから、命を飼いましょう!!!

犬や動物、ペットを捨てる人、処分=殺すこと をお願いする人、理由はそれはそれぞれです。

が、理由は全て、自分を守る言い訳です。

誰も、自分自身の子供を、そうは簡単に人に渡したり殺したりしないはずです。

大切なことは、飼う前の自分の中での 約束 です。

それが、ただの “かわいい~” 犬猫 ではなく、あなたなしでは生きていけない尊い命なのだと、その重みを充分に理解して、その命を、何があっても長くて15年も(猫は20年以上)ずっと面倒見られるのか??

まずは、自身に、疑問を問い掛けてみてください。

日本で、今まだ、不要犬やペットを預かってくれる施設が設立されていません。

それで、人々は簡単に、保険所へ連れて行きますが、連れて行かれた動物を待っているのは、ほぼ100パーセントの数日内の死(窒息死なので、20~30分苦しんで死にます)です。

人間の勝手で、意味もわからず、ただ冷たい保険所のガス室の床に座り、それでも主人が迎えに来るものと最後の瞬間まで信じているペット達。

保険所の真実です →  http://www.wantaro.com/book1/japanese/main.htm

今一度、考えてみましょう。

実際に見たペットショップの裏側


by yayoitt | 2005-09-24 02:22 | 保健所の動物のこと | Comments(6)
温泉の思い出 混浴 2
多分、最初の年の温泉宿泊の夜だったと思う。私達女性10人くらいと、同僚の男性3人が皆で混浴を楽しんでいた。かなり長い時間露天風呂の湯船に浸かっていたが、誰も、先に出ることが出来ずにいた。

誰かが先に湯船を出れば、その裸姿を、まだ湯船に浸かっている同僚に丸見え見られてしまうからだ。

男性に先に出てくれと言っても、動こうとしない。

そこで私達女性軍、全員一緒に列を作って出よう、ということになった。そう決まれば、我先、一番最後になって裸のお尻を男性の同僚に見られるのは嫌だと、急いで湯船から上がり始めた。

露天風呂の、女性と男性の仕切りの板を外して潜入してきていたので、そこから皆、小走りに押し合いながら出て行き始めたが、板を外しただけの狭い通路の為、自然と一列になっていた。

私は余り恥じらいもなかったので、最後の方でゆっくり出る準備をしていた。

すると、その仲間の中では一番若い“ぴちぴちギャル”の私の後輩が、さすがに恥ずかしいらしく、キャーキャー叫びながら湯船を出て、かわいいお尻を残っている私や男性の同僚に見せながら通路へ突進して行った。

... がその時、その後輩の同僚が、余りに急いでいたので、思い切り滑って転んでしまったのだ!!

その転び方が、これまた不運。

仰向けに転んだのだが、ただこちらに向けていた後姿のまま仰向けに転んだら良かったのに、何故か、勢い余って転びながら回転してしまい、

仰向けに、湯船の方に向って足を大きく開いた状態で転んでしまったのだ!!!

女の私でさえ目が釘付け、隣で茹(ゆだ)って並んでいる3人の男性は、笑うことも出来ず、とにかく凍り付いていた。

そして、皆で爆笑。

一番若くて恥ずかしがっていた彼女が、誰よりも一番派手に、大胆に振る舞ってしまった。

更衣室でも皆が泣きながら笑い続け、彼女も真っ白い肌の若いお尻を一部真っ赤にしながら、泣きそうに、でも笑っていた。

今でも、もう10数年経った今でも、彼女のその夜の話は、必ず酒の肴に登場する。
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地元に帰ってしまった彼女は、今頃、どこで何をしているんだろうか...?

*** 高山市から平湯温泉までが車で45分くらい、そこから上高地まで1時間半ほどで行けます。
by yayoitt | 2005-09-23 01:23 | 思い出 | Comments(11)
温泉の思い出 混浴 1
看護婦になって最初に勤めた病棟のスタッフは、とても仲が良く、今でも年に数回皆で集まっている。私が日本に帰れば、飲み会を設けてくれたり、冬には毎年、車で近くの温泉街に行き泊まりでどんちゃん騒ぎをする。

その時には、当たり前のように混浴をするのが常で、宿泊する宿に混浴の出来る風呂がなくても、どっちかがどっちかの風呂場になだれ込んで皆で入る。

これは、私がまだ20代前半の若かりし頃から始まった“行事”で、今では一番若かった私達でも30代半ば、もう定年退職したスタッフも皆で混浴である。

混浴は、大抵は内風呂ではなく露天風呂でする。

露天風呂は、よく板一枚で仕切られていたりするので、酔った勢いで板を乗り越えたり、壊しては相手の風呂へと潜入するのだ。

この混浴を初めてした冬のこと。

温泉に行けば、最低3回は湯に入るという暗黙の了解があるので、夜はもちろんのこと、朝も混浴常態となってしまった。

夜は酔っ払っていて恥ずかしさもなかったが、さすがに翌日の朝となれば、いくら仲が良い男女とは言え、それなりにお互い恥ずかしさが残った。

医師は皆、男性で、看護師や助士さんが女性という私達の仲間、湯船から出るのが一苦労なのだ。

明るい朝日が真っ白い雪に反射して更に辺りは明るく思える。男性軍から先に出てもらえば良いのだが、男性軍はなかなか湯船を出る様子がない。

その時、私は、歯を磨きながら湯船に使っており、口の中が一杯で、でも裸で皆の前に出て口をゆすぐことも出来ずにいた。

息が出来ずに苦しんでいた。

友人の医師が、“湯船に浸かったまま、そこで吐き出せ”と言ってくれたが、裸を見せる以上にそれだけは頑なに出来ずにいた。

そしてもう我慢できなくなり、仕方がなく、そのまま ... 飲んだ!!

これが生まれてこのかた初めての、何とも気持の悪い体験であった。

混浴の朝 ... 思い出すのは、この歯磨きの香りと味 ... しばらく気分が悪かった。

*** 写真はよく皆で泊まる旅館の、その、混浴(無理に)露天風呂 ***
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by yayoitt | 2005-09-22 01:44 | 思い出 | Comments(3)
かぶれやすい人生
保育園の頃、やっこは、ベルサイユのバラに恋焦がれ、宝塚に入団しようと白いタイツを履いて歌っていた“あ~い~、それはぁ、儚く~”。

あぁ、やっこの夢も儚かった。

小学生に上がると、ムーミン谷に自分は住んでいるものと思い込み、布団の上に座っては、焚き火の前の丸太に座り、隣にスナフキンがギターを弾いている気がしていた“おさ~びし~山よ~”。

あぁ、やっこのスナフキンは、旅人となりどこかに消えてしまった。

10歳になると、目指すはピンクレディーしかないと思い、お向かいの明美ちゃんと、衣装を着けて彼女の従姉妹の前で真剣に踊って歌った“うううう~、ウオンテッド”。

あぁ、やっこがウオンテッドと叫んだスターダムの夢はつかめなかった。

中学生になると、チャゲ&飛鳥を聞きながら毎晩眠り、いつか彼らに私の作った歌詞を歌ってもらうのだ、とこぶしを振りながら叫んだ“燃えて散るのが花~、夢で咲くのが恋~!”。

あぁ、やっこが歌詞を送っても、彼らに歌ってはもらえなかったこの夢は、1人咲きして散ってしまった。

高校生になると、安全地帯を溺愛し、いつか玉置さんの恋人になってやると、その頃彼と噂にあった石原真理子の太い眉毛を目指して鏡を見つめ、女優になりたいと夢見た“あの~、消ぃえそうに、燃ぉえそうなぁワインレッドの~”。

あぁ、やっこの太い眉は生えても、細い綺麗な顔は生えてこないまま、女優の夢は消ぃえてぇしまったぁ。

看護学生になると、レベッカに合わせながら大奥と呼ばれた寮の屋上で友人と夜中まで踊り、いつかロンドンボーイを見つけてやると両手を広げた“ロンドンボーイ、マ~イラブ~”

あぁ、やっこの前にはお洒落なロンドンボーイは現れず、北の人、スコットランド人との出会いが待っていた。

看護学生生活の終わりに、修学旅行で見た舞台、レ.ミゼラブルに心を奪われ、いつか自分も舞台女優になるのだと、すぐにソルフェージュのレッスンを受けた“メーモリー、仰ぎ見て月を~”。

あぁ、やっこが舞台で歌ったのは、高山市の市民会館でのカラオケ大会だけだった。

看護婦になってからも、やっこは、第二の渡辺美里になるのだと名古屋までオーディションを受けに行き、それでもやっぱりカラオケどまりで、その頃こっそり決めていた芸名も、自分で作った歌詞も、段ボール箱の奥深くにしまってしまった“遅れてきた2人の夏休み~、永遠の一瞬~”。

あぁ、やっこの永遠の一瞬一瞬は、それでいて、その時は輝いてダイアモンドの如く、私をドキドキさせるのだった。
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“ダイアモンドだね~。あぁ、上手く言えないけれどぉ、宝物だよ~。あの時感じたぁ~、あぁ、予感は本物ぉ~。あぁ、私を動かすのはぁ、ダイアモンドぉ”
by yayoitt | 2005-09-21 03:52 | 思い出 | Comments(6)