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カテゴリ:06 羽伸ばし日本旅行( 28 )
日本滞在紀 第十四章  古きよき友よ
飛騨に帰った翌日が金曜日で、友人が、私の帰郷に合わせて 温泉旅行 を計画してくれた。

その友人仲間というのも、全て合わせると20名近くになるが、その時は時間が許す者だけで11人だった。

この仲間は、今から15年前、私が新卒で配属された病棟のスタッフ(その中の一部)で、当時の婦長、係長も混じった女性ばかり、そこに何故だか、大勢いる医師の中でも気の合う医師が加わって組み立てられている。

私より2つ若い女性達が加わったのを最後に、そのメンバーは定着し、1人去り、また1人結婚して来れなくなりを繰り返し、現在、15名前後が定期的に集まったり温泉に出掛けているのだ。

特に私が仲良くしてきたのは、当時の係長である Tさん は、母娘くらい年が離れているのに 親友 と呼び続けている愛しい女性である。

そして、やはり一回りも離れているけど、まるで  のように慕っているパワフルな女性     Aさん とは、とてもスピリチュアルな深い部分で繋がっていると思える女性だ。

また、男女とか人間と人間とかそういうものをはるかに超えた、不思議なところで繋がっていると感じる友人 O は微笑ましい人である。
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私はカフェで Aさん と Tさん と待ち合わせをしていたので、そこで彼女達との再会を喜び、2年という間の色んな出来事を話したり聞いたりしていた。

皆との待ち合わせは、このカフェの隣の駐車場でいつも必ず待ち合わせる場所、でも、暗黙の了解で、自然とカフェに集まるのだった。

O がカフェの私達に加わり、他の仲間を待つこと45分・・・。

来ないなぁ・・・外は雨・・・隣の駐車場が待ち合わせだよなぁ・・・。

そして、1時間後に O の携帯に電話が。

 “ あれ?どこにいるんですか?ずっと駐車場で待ってるんですけど・・・ ”

友人医師2人は、そこが待ち合わせ場所と言ってもいつもカフェに集まるのに、その日は何故か、忠実に待ち合わせ場所の車の中でじ~っと待っていたらしい・・・。

意味がわからない ・・・ しかし、意味がわからない、と思われるのは実は、暗黙の了解でカフェに集まる私達なのかも ・・・。

雨の中、奥飛騨の山を越え、温泉郷に辿り着く。

暗闇でも新緑が、目に眩しい。

奥飛騨、特に 穂高連邦 に近いこの土地は、私の心の故郷だ。

穂高連邦には、忘れられない尊い思い出がいっぱい詰まっている。

そこには、大切な大切な人々との出会いや再会、そして約束や契り、絶望や別れがいっぱいいっぱい、詰まっている。
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そこに戻る度に蘇って、時には私を苦しめることもあるが、大抵は優しく思い出で包んでくれる。

また帰って来れた、この土地に ・・・ あの日がそのまま、あの山のてっぺんで眠る、この土地に ・・・。

隣には ずっと心配していた愛しいAさん や 2年間ずっと会いたかったTさんや友人 が、笑い、ビールを酌み交わしている。

その姿を見ながら、一緒に入る露天風呂の静けさに幸せを感じながら何故か、とっても寂しさを覚えていた。

何かがとても不安で、大切なものを失くしてしまいそうで、このまま離れて行きそうで ・・・。

その気持が何処から来るのか、何処に流れていくのかもわからなかった。

初めて、この 心の故郷 だと思っていた土地が、私から少しだけ離れた気がした。

それは、年齢なのかもしれない、年数なのかもしれない、距離なのかもしれない、もしかしたら心なのかもしれない ・・・。

枕を並べて眠る 愛する友 の寝息を聞きながら私は、何度も夜中に目を覚ました。

結局はいつもしていた混浴もしなかったし、カラオケもなかったし、ただ、静かに皆で飲み食べ語ったのだけれど、心は 平安 と 不安 と 幸福感 と 寂しさ で埋まっていた。

次に、ここに帰って来るのはいつだろうか ・・・

その時の私の心は、この緑をどんな風に映し出すのだろうか ・・・

心の故郷、いつも帰りたかった故郷、そして愛する友 ・・・

 “ じゃぁ、次また会える時までな!” と私は皆に手を振って、皆はそれぞれの日常へと帰って行ったのである。
by yayoitt | 2006-08-20 01:12 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(8)
日本滞在紀 第十三章 沖縄メンソ~レ~旅 5(盗み)
結婚式と披露宴と思い出一杯、感激涙一杯の一日が暮れ始め、雨脚が弱まってきた。

私達 家族は、夕食と夜の沖縄を楽しむ為に、外に出掛けることに・・・。

タクシーにて、やっこ家族5人 + 京都から来てくれたH菜の友人2人とその子供さんと3人でタクシーの運ちゃんお薦めの、沖縄料理の店へ。

国際通りから横丁に入った所にある、いかにも地元の人しか来なさそうな料理屋だった。

さすがに、地元の人が集まるだけあって美味しかった。

その後、私たちは再び、親子水入らず5人だけになって、国際通りを練り歩いてみた。

一本、横に入ると、お土産屋がずらりと並ぶ通りがあって、そこを実に私達はゆっくり見て歩いた。

真ん中の姉は、揚げソバとドラゴンフルーツを求め、一番上の姉は、琉球ガラスの香炉を求め、母は何でも求め、私は何でも変わった物を求め、父は、女4人のはしゃぎ張り切る姿を眺めていた。
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そのうちの一軒、私達姉妹3人 がフラフラと入った小さな食料品店。

冷凍された豚の足や、豚の顔そのものがビニール袋に入って売ってあった。

奥に行くと、3種類の サーターアンダギー が別々の大きなボックスに入れて売ってあった。
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自分でビニール袋に入れて、レジに持って行って清算するようになっていた。

そのボックスの前には、3つ試食用の サーターアンダギー の皿が置いてあったが、あいにく空っぽ だった。

普通のと、ウコンと、黒糖の3種類で、私達はこの、ウコン味というのに興味を持ち、一体どんな味なんだろうと話していた。

今晩の夜食に是非、何個か買って帰りたいと思っていたので、既にナイロン袋を用意して、トングを片手に持っている私 ・・・。

2人の姉が、背後から 話しかける ・・・。

 “ この、ウコン味って、どんなんやろうなぁ? ”

 “ 試食したいなぁ ”

 “ でも、試食用がないんやさなぁ ”

 “ 黒糖はどんな味かわかるけどなぁ ・・・。”

 “ やっぱり試食してみんとわからんわなぁ ・・・。”

 トングを持ったまま私が黙り、真ん中の姉も黙っていると、一番上の姉 が真面目な口調で静かに言った。

 “ じゃぁよなぁ、その(売りの中から)1個をよな、ここに置けよ ・・・。”

 “ あぁ、そっかぁ ・・・。”

言われるままに私も、ウコンサーターアンダギーの山から1個取り出し、試食用の皿に置いた

試食用の皿に、丸いサーターアンダギーを1個置くと、3人でちょっとづつちぎって食べ始めた。

 “ うんうん、美味しいなぁ ・・・ ”

そして、ちぎっては食べ、また、ちぎっては食べ ・・・ 

ついに 丸々1個食べてしまった

その後、冷静に袋に3種類を数個づつ入れると、レジの方に向いながら私たち3人は、笑いがこみ上げてきた。

そのまま、袋に入った分だけお金を払い、店の外に出て3人で涙を流しながら笑った。

 “ あれは犯罪やな! ”

 “ 試食用に1個置いたのはわかるけどさ、それを食べてしまうって結局、盗み食いってことやでなぁ! ”

 “ しかも M(一番上の姉)の冷静な言葉!!““ じゃぁ、1個ここに置けよ ”” って・・・!! ”

ひ~ひ~笑いながら、万引きとか罪人とか盗人とか言い合いながら外を歩いていると、そんなことも知らずに、献身的なクリスチャンである両親が微笑みながら私達を見つめていた。

そしたらまた大笑いで、“ とてもクリスチャンのすることではないよなぁ~~ ” と、泣き笑いだか悔恨の涙だかを零すのだった。

        これで終わるつもりがもう1回だけ続く~~
by yayoitt | 2006-07-12 04:15 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(16)
日本滞在紀 第十三章 沖縄メンソ~レ~旅 4
結婚式で感激の涙を流し、そして披露宴では、H菜 の真っ赤なドレス姿に改めて、口を開けっ放し、そして涙する叔母、やっこ ・・・ 。
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沖縄の披露宴のことで、聞いてはいたけど驚いたことが幾つもある。

 1 親族の席(松の席)が一番、新郎新婦の近く(真正面)にあること

・・・ 本当は、こうあるべきだと思うが、殆どの日本の披露宴では、お客さんの席の方が上座になる。

 2 新郎新婦の前には、何一つ食べ物がなかったこと

・・・ 理由はわからないし、もしかしてH菜の悪阻(つわり)のことを思い、計画して何も置かなかったのかも知れない、沖縄だから、ではないと思う。

 3 お客さんの数がとても多い

・・・ 平均300人と言われているが、友人は保育園の友人、小学校の友人、中学の・・・ととにかく友人と言える人を全員呼ぶ、ご両親の同僚なども沢山呼ぶ、大昔に世話になった近所のおばさんとか、新郎新婦が関わった人は全て呼ぶ。

・・・ 今回は、遠く京都から来たH菜のお客さんの数のことも考慮して100人くらいに留めて下さったらしいが、友人の大テーブルだけでも6つくらいあった。

 4 余興がプロ並みである

・・・ 友人が踊る沖縄の太鼓踊り、殆どの子供達が習っているので、こうして大人になってからでも少し練習するだけで、見事な素晴らしいショーが出来上がる。
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本州側からの余興が全くなくてはと、 が前日にお願いして 飛騨古川 の めでた (祝い歌)を唄うこととなった。

 はこの日、自分は H菜 の父親替わりだと張り切っていたので、緊張で声がブルブル震えるんじゃないかと、また、涙もろい彼なので、唄いながら泣くんじゃないかと思ったが、最後までこぶしを利かせて上手に力強く歌いきった。
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会場に、思い切りの拍手が溢れた。

沖縄名物の料理がテーブルには並び、私はやはり海草や大根の千切りを山葵一杯つけて食べていた(笑!)。

M君 の友人が作ったビデオは、ブリーフ隊 という名前の10人ほどの友人が、ブリーフ一枚で沖縄は那覇の有名は場所に出没するものだった。

これがとても可笑しくて、真昼間に高級ホテルにブリーフ一枚の男の子達が入って行ったかと思うと、警備の人に追いかけられて走って逃げたり、国際通りに出没してコンビニに入って行ったり・・・。

真ん中の姉と共に、涙流して大笑いしたが、この笑いの中には “ ええもん見たで~~へへへ ” のほくそえみも入っている。

H菜 がずっと手に持っていたブーケ投げでは “ 絶対にあたしが取る!” と鼻息荒く朝から言っていた H菜の姉のA が、やはり見事に、勝ち取った!!

実は彼女この朝に、従姉妹の子供(5歳くらいの男の子)から “ なんでAちゃんはH菜ちゃんのお姉ちゃんなのに、まだ結婚してないの? ” と単刀直入に質問されていたのだ。

宴会も終盤に差し掛かり、ケーキ入刀もキャンドルサービスも終わると、雰囲気は何とな~~く花束贈呈 へ ・・・。

私はどうも、これが苦手で困る ・・・ 。

必ず泣くのだが、これだけは披露宴の中で無くても良いのに ・・・ と思うことなのである。

H菜 が手紙を読み始めたと同時に多分、ずっとこらえていたのであろう、泣き出すと、姉も、私も皆がもらい泣きした。

泣きながら、しゃくり上げながら手紙を読む H菜 の声は、彼女の小さかった頃と、おんなじだった。

                        かわいいH菜 ・・・。

                  愛するH菜 ・・・。

            絶対に沖縄で、

                      笑って怒って、 そして泣いて、

             時々でいいから 幸せ~~ と感じて暮らして行けよ!

こうして、H菜 を本当にこの地へ送り出した姉は、涙が乾くとすぐに、吹っ切れた心地よい笑顔を見せていた。

一生忘れられない披露宴が終わり、この夜私たち家族は、夜の国際通り へと繰り出すのであった。
 
                       もう1回だけ続く~
by yayoitt | 2006-07-11 03:37 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(14)
日本滞在紀 第十三章 沖縄メンソ~レ~旅 3
                5月27日 土曜日 土砂降り

            H菜 と M君 の結婚式。

                     かわいい H菜

             気の強い H菜

                      はっきりものを言う H菜

   血液A型家族の中で、唯一のO型 H菜

                            人の気持をとてもよく理解する H菜

        誰よりもおばあちゃんを愛する H菜

                 よく笑う H菜

20年前の3月に、あなたが顔をしかめてこの世界に出てきた日のことを、まだ高校生だった私は今でもはっきり思い出すよ。 
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            ギャハハと笑って、プーッと膨れて、そして ガーガー泣く H菜

人生、いつも幸せではありえないからせめて、ちょっと笑って時々泣いて、そして怒ってもまた腹を抱えて M君と 笑える、そんな生活を送って欲しいよ。
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               かわいい H菜

                         愛する H菜

                とっても綺麗だったよ。

                       おめでとう

                     そして今日の日を

                        ありがとう
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          左からH菜の母、一番上の姉、私、真ん中の姉
by yayoitt | 2006-07-09 04:59 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(12)
日本滞在紀 第十三章 沖縄メンソ~レ~旅 2
結婚式の前夜祭。

沖縄での歓迎会。

新しい親戚との初顔合わせ。

その沖縄料理の店は、居酒屋のようで料亭のようで風が通る涼しい場所だった。
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M君のおじいちゃん、おばあちゃん、ご両親を初め兄弟姉妹、従妹達が集まっていた。

男性は皆、おじいちゃんも、沖縄らしいそれが正装であるのだろう、沖縄シャツ(かりゆしウエア)を着ていた。
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細長く一列に並べられたテーブルを挟み、上座に H菜 一族(H菜の祖父母、母、姉、叔母、従姉妹兄弟)が座り、向い合って M君 一族(祖父母、両親、妹弟、叔父、叔母、従姉妹兄弟)が座った。

私の目の前に座ったのは、見るも かわいい~~~ 沖縄の中学生(男子)達だった。

最初は、運ばれてくる料理について これは何か? など簡単な質問をして、それに詳しく応えてくれていた彼らも、ちょっとづつ打ち解けてきたのか、色々、沖縄のことなどをも話し始めてくれた。

  率直な感想 ・・・ とにかく正直で真面目で、所謂すれたところがなく、良い子たちである。

出される料理は、あいにく殆ど何も手を付けられない私に、“ これは草だから食べれますよね? ” とか “ 海草はいいんですよね ” とか言って、自分は寿司を食べては、私に大根千切りを “ どうぞ ” と言って残してくれると、思わず微笑んでしまった。

  率直な感想 ・・・ かわいいなぁ~~~~

  率直な感想 ・・・ 私が中学生やったら、こんな男の子を好きになるわぁ~~~

  淫らな感想 ・・・ うひひひひひひひひ~~~~

てびち (豚足煮付け) が出るとさすがに私も少したじろんだが、それがいかに美味しいのかという理由は、香りと浮かぶ油の量で、とてもよくわかった。
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姉も両親も、てびち をズルズルと食べている間、やっぱり私は大根の千切りとワカメをわざび醤油で食べていた。

宴もたけなわ、人々が移動してはお酒を次いで廻り出すと、私のところに M君のお父さん がみえた。

泡盛(あわもり)を注がれながら、その飲みやすさに舌鼓を打ち、色々、お父さん と語り始めた。

お父さん は、“ お姉さんから妹さんのことを聞いていて、是非話がしたいと思っていたんですよ ” と話し始めた。

話せば話すほど、この出会いが、偶然ではない気がしてならなかった。

                      お父さんの話 とは ・・・

お父さん は仕事柄、出張で出掛けたカナダで、エコロジーライフ というものを経験し、日本に帰ってから何とかそれを広めようと努力している。

環境に優しい生活、動物と自然に優しい生活、本当の意味での自然、動物との共同生活、それを沖縄から始めよう ・・・ としている。

まずは 自家製農業 も始めてみた。

そして、それを誰かに伝えるべく、長男の M君 を誘ったら、カナダの視察に付いて来た。

視察旅行の話をお父さんがしていると、まだ若い M君 が 私達の隣に座ってお父さんの話に耳を傾け始め、頷きながら “ 本当によかった、とっても感激した ” と真面目な顔で言った。

自然環境のことを考え出すと、自然と動物保護にも思いは繋がる、また反対に、動物保護を思えば思うほど、自然環境保護を無視せずにはいられなくなるのだ。

M君 が “ お父さん、毎日毎日この話ばっかりだからもう、誰も話聞いてくれる人、いないんだ ” 

お父さん は “ 妹さんがベジタリアンと聞いて、ああ、きっとこの人なら、僕の言う話がわかってもらえるだろうって、思ったんです ” と言われた。

その通りだった。

わかるどころではなく、痛いほど、切ないほど、苦しむくらいその熱い思いが、よくよくよくわかった。 

私が疑問に思っていたことが1つあったので聞いてみた。

 “ ベジタリアン って言葉を知っている人ってそうは多くないし、知っていても、私がそうだと言うと(実際にはヴィーガンなのだが)大抵は、なんで??と聞かれるのですが、どうして お父さんやM君の従兄弟さん達は、驚きもせず受け止めてくださったんですか? ”

お父さんが応えた。

 “ 前に、カナダの視察旅行の後から、その関係で、あるカナダ人の女の子をホームステイさせたたんだけど、彼女がベジタリアンだったんだよ。だから、みんな、ベジタリアンをよく知ってるんだよね ”

数時間前に会ったばかりのこのお父さんと、こんなに一生懸命に思いを語り合い、頷き合い、賛同し合ったこと ・・・ どうしてもこれは偶然だとは思えなかった。

何か、繋がっているんだ ・・・ そう思えて仕方がなかった。

お互いの理想の未来を誓い合い、そして 頑張りましょう と励まし合い、宴はそろそろ幕を下ろしたのだった。
by yayoitt | 2006-07-08 01:09 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(10)
日本滞在紀 第十三章 沖縄メンソ~レ~旅 1
私には、姪っ子が2人、甥っ子が2人いる。

長女の姉の子供は女の子2人、次女の姉の子供が男の子2人。

この長女の姉の娘、次女の H菜 が結婚することになった。

初々しい 20歳のブライドである。

結婚式は、新郎の男の子の出身地、沖縄にて行なわれることになった。

H菜 は7月に 赤ちゃんが生まれる ので、前もって既に沖縄で生活を始めていた。

今回、ちょうど私の帰国日と彼女の結婚式が重なったので、私も家族と共に沖縄に行けることとなった。

沖縄へは、前日に京都の姉の家(H菜の母と姉のA、そしてビーグル犬のココがいる)で宿泊し、朝早くに、飛騨からは両親真ん中の姉、私、そして京都から一番上の姉長女の姪っ子Aは伊丹空港へと向った。

H菜 の父親 はあいにくに大きな怪我をして、今回の結婚式は泣く泣く断念していた。

飛行機に乗っての 家族旅行 に胸をときめかせた。

3週間の短い滞在中に、2度もこうして 元の家族みんなで旅行が出来るなんて、本当に夢みたいだった。

飛行機の中も、別に特別なことがあるわけではなかったが、なんだか特別で楽しい気がする。

ムッとした湿気を含んだ那覇空港に到着すると、H菜 と 旦那さんになる M君、そしてM君のご両親が私達を出迎えてくれた。

噂と、携帯のビデオで 変な顔を送りあったりお尻を写してくれたりする M君 しか知らなかったが、実際に H菜 を庇(かば)いながら、頭を下げて廻る青年を目の前にして、私は瞬時に好意を持った。

H菜が心配だった ・・・ 一応、叔母さんですから ・・・

ホテルは、ロワジールオキナワ という海に面して湾曲した建物が、とても綺麗なホテルだった。
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今日から2泊ここで家族旅行!

今夜は、新郎側との顔合わせ夕食会、そして明日は待ちに待った結婚式、披露宴!

サーターアンダギー、大好きだったけど、果たして今の私に食べられるだろうか??

チンスコウも、日本のショートブレッドとスコットランドにいる日本人が言うくらい、あれも大好きだったけど、きっとバターが一杯使ってあるだろうなぁ・・・。

私に言わせると充分グルメな 真ん中の姉は、ゴーヤを使った料理や沖縄蕎麦が食べたい と言っていた。

明日が娘の、初の結婚式だというのに、余裕の一番上の姉は ホテル内のお土産屋さんに私達を連れ出し、これが美味しい、あれが美味しいと、最近身に付けた知識で語ってくれた。

楽しい夕食会が始まるので、私達はロビーに集合すると、迎えに来てくださった 新郎側のご両親の車やH君の車に分乗して、夕暮れる那覇市内へと向った。

結婚式という大きな人生の舞台の上で、やっこ家族の珍道中は、まだまだ始まったばかりだった ・・・。
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    顔合わせ夕食会のお店の前にて 両親と姉2人と、H菜の父親方おばあちゃん
by yayoitt | 2006-07-06 02:52 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(18)
日本滞在紀 第十二章 そして みんな、泣いた 3
車に乗って父と母と3人で家に帰る途中、寿司屋(お持ち帰りの店) に寄った。

この飛騨で両親と夕食を食べるのもあと、明日一日 だけだ。

私専用に、かっぱ巻きとか梅巻きとか、そして両親も私と同じ野菜物の寿司を何本か買った。

家には、私のリクエストで母が炊いてくれた 味ご飯(五目御飯) もある。

                  炭水化物ばんざい である。

3人で、寿司を切ったり、ご飯を盛ったり、お漬物を冷蔵庫から出したり準備をし、まるで日常と変わらない夕食を3人で食べ始めた。

私は、さっき会ってお別れを言って来た 幸ちゃん と ゴールデン のことが正直頭から離れなかった。

口数少なげに、母の作ったご自慢の味ご飯に舌鼓を打っていると、父が切り出した。

 “ かわいい(=かわいそう)なぁ・・・、あの犬なぁ、あんなに人懐っこいとは知らんかったわぁ 

私が、ずっと心に抱えていたことを口に出した。

 “ まさか、あのご主人さん、面倒やって言って 保健所なんかに連れて行かんにゃいいけどなぁ・・・ ”

そして、付け加えた。 

 “ 皆、勘違いしとる人が多いんやけど、保健所での処分は、安楽死ではないでな・・・ ”

父と母が目を上げて聞く。

 “ 安楽死ではないんか? ”

そこで私は、今までブログやここで出会う友人や勇気ある人々から私が得た情報を、話して聞かせた。

 “ 毎日な、移動させられるんやよ、ガス室行きの前日の部屋まで、あと6日、5日、4日って・・・。 ”

 “ でな、床は冷たくって誰も触りに来てくれんし、お母さん犬と仔犬も一緒やったり ・・・ ”

今まで見てきた映像が蘇って、私は言葉を失ってしまった。

両親の前で、37歳の娘が、大泣きしてしまった。

私の顔を見れなくなった母が泣き出した。

そして、深呼吸をして話し始めた時、父も隠さずに泣き始めた。

そして みんな 泣いた

犬たちの命を思って、泣いた。

私は両親にお願いをした。

もしも、犬を飼っている人が、簡単に保健所に連れて行こうとしているのを見たり聞いたりしたら、どうか、保健所では安楽死ではない、ということを伝えて欲しいと

また、そういう人に会わなくても、何か機会があったらどうか、伝えて欲しいと

犬が苦手な母も、“ かわいそうになぁ・・・ ” と涙を拭いながら “ おう、わかったぞ、わかった ” と言ってくれた。

3人の食卓には、ただ鼻をすする音、寿司をつまむ音がしばらく、続いた。
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                写真はカッタンさんからお借りしています
by yayoitt | 2006-07-02 22:05 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(16)
日本滞在紀 第十二章 そして みんな、泣いた 2
幸ちゃん のことを思って、別れを惜しみながらも微笑が止まらない私は、父と共に歩きながら次の通りの角に位置する、大きな家の前まで来た。

この滞在中、もう3回は会いに来ているので、その大きな体は私の声を聞くと、湿った毛を左右上下に揺すぶり、フェンスを端から端へと移動した。
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燃えるような毛色の ゴールデンレトリバー である。

少し後ろで、地面に背中をこするようにおなかを撫でろという彼を見つめていた父も、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

 “ おおおおお、こんなに人懐っこかったんかぁ~~、いっつも吠えるもんでよなぁ~、知らんかたわい ”

父を誘って、敷地内に入り、小屋の背後から直接 彼に会いに行った。

やっぱり前に来た時と同じ、ウンチもオシッコも小屋の前にあり、彼が寝転がるとウンチを背中で踏みそうになった。

大きな四角い器の水は、虫が何匹も浮いていた。

しばらく父と一緒に、おなかを撫でたり口に手を入れたりして遊んでいると、音を立てて車が1台フェンスの前に入ってきた。

この家のご主人 らしく、一瞬、その犬は注意をそちらに向けて立ち上がった。

車を降りる 50代くらいの男性に、笑いながら挨拶すると、彼も笑いながら近付いて来た。

彼はフェンスの向こうに立ったまましばらく会話を交わした。

犬の年齢を聞くと、“ ええっとお・・・じいちゃんが亡くなって今年でぇ・・・ ” と考えたまま、はっきりした答えは返ってこなかった。

お爺さんが亡くなる年に、この家にやって来たのだろうか?

私がおなかを撫でたり手の甲を噛ませて遊んでいるのを微笑んでみながら、おじさんは “ まったく、でっかいだけや ” を繰り返していた。

私はいつも思う。

犬を外で飼っているとなかなか、人間と心が通じ合えない、一緒に生活を共にするからこそわかること、気がつくこと、犬に対して抱く感情が生まれるものなのである


飼い主であるこのおじさんに、私は何も言えないけれど、せめてこの犬が、いかに命として大きな価値があって愛されるに値するものかを伝えたく、

 “ 本当に良い子ですね、性格が良い、賢いし、かわいい人懐っこい優しい子ですね ” を繰り返した。

おじさんは、困ったような笑顔でまた、 “ おっきいいだけや ” と言った。

照れた笑顔を浮かべるおじさんは、私たちが礼を言って立ち去る時振り返ると、犬を見るわけでも触るわけでもなく、家の中に入って行った。

幸ちゃん とそして、名前は聞きそびれたが でっかいゴールデン ・・・。

彼らが よく吠える のには、訳がある、理由がある

ストレス である。

屋外 という環境は、車も通れば人も通る、様々な音や匂いが常にして、犬にとっては決して気が休まらない。
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そのくせ、側に行って確かめることができないから、ただただ情報だけをむやみに受け取り背負うしかない。

そんな中でも見慣れたもの、聞き慣れた音、嗅ぎ慣れた匂いには気を張らなくてもいいが、郊外は状況が常に変化している為に、24時間心は休まらない。

そこに、運動不足が発車を掛けて、ストレスはそれは大きくなるのである。

幸ちゃん の家
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 を、さっきとは違って沈んだ気持で通りすぎながら、すっかり口数が減った父と私は、鼻歌でシャンソンを歌っている母の待つ、車へと向った。

             最終 そして、みんな、泣いた 3 に続く~~
by yayoitt | 2006-07-02 17:54 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(10)
日本滞在紀 第十二章 そして みんな、泣いた 1
私の生きるべく場所、スコットランドへの帰国が近付いて来たある夕方。

仕事から帰ってきた父を誘い、彼の車で、私とマイケル、そしてノーマンが住んでた家の近所まで行った。

私には、どうして最後にもう一度会っておきたい  があった。


             名前も知らない、2匹の犬である

1匹は、柴犬(もしかしたら柴の雑種)で、角に当たるその家の塀と建物の狭い空間に犬小屋があって、そこにいた。

日本にノーマンといる時は、そこは私達の散歩道の一角だったのだが、一度も近寄ったことがなかった。

私とノーマンが通る度に、とても怖い形相で吠えたものだ。

今回、飛騨に帰って来たすぐに、この犬に会いに行った時のこと ・・・。

こちらで、犬の扱い方や心理などもっと詳しく知った私は、吠えられる恐怖感もなく近付けた。

そして、その犬は実に、大人しく優しく、そして人懐っこい犬で、私は彼女を抱きながら、外飼い という悲しい事実をしみじみ感じていた。


もう1匹は、大きな燃えるような毛皮を持ったゴールデンレトリバー

家の横のスペースに大きな立派な犬小屋があり、いつも必ずそこにいたし、ウンチもオシッコもそこだった。

私とノーマンが横を通ると、興奮して、綱を バンバン と一杯に伸ばして吠えた。

私はその頃は、そういう犬が怖くて、一度も側に行くことさえしたことがなかった。

2年ぶりのその犬は、相変わらず大きくて、でも、それが汚れなのか毛自体なのか、毛皮はくすんだ色になっていた。

ゆっくり近付いて行くと、大きな体を揺さぶりながら吠え始めた。

そのまま目を合わせずにゆっくり近付いていくと、彼と外界との間に一面に立てられた高いフェンスに体を寄せ付けて私を見上げた。

ゆっくり彼の顎の下から手の甲を差し出すと隙間から必死に舐める。

顎から頬へ、そして耳の後ろを撫でると、フェンスを押し倒すかと思うほど興奮して倒れ掛かる。

近くには幾つもの新しいのと古いオシッコの跡とウンチが転がっていて、大きな四角い器には、雨水と思われる水面に虫が幾つも浮いていた。

こんなに人懐っこい犬だったなんて、知らなかった。

2年間、この犬がこの場所にいなかったことはなかったし、誰かが彼と触れ合っている姿を見たこともなかった。

そして多分、今も、運動不足のまま、散歩という楽しみを知らないまま、人との触れ合いを知らないまま、この空間だけで生きているに違いない。

側を歩く私と、尻尾を振って歩くノーマンの姿を見ては、あんなに吠えていたのはきっと色んな理由があったに違いない。

大きな小屋の裏側は家の裏庭になっていて、そこから犬に直接会えることがわかったので、人目をを気にせず敷地内に入った。

リードが結ばれた頑丈な杭が、ガンガンと音を立てて、彼が私を出迎えた。

体中を撫でると、寝転がっておなかを見せたりするのに、その間も必死に私の腕も足も舐め続ける。

手を丸ごと口の中に入れても強く噛むことなどなく、ただただ私を体全部で感じようとしてくれた。

 “ ゴメン、ゴメン、もっと前に気がつけばよかった、もっと前から触れたらよかった・・・。 ” そんな言葉が思わず漏れた。


飛騨滞在中に私は 3度 彼らに会いに来た。

そして、最後に父と、そして途中で歩いてくるところを車で拾った母と、この2つの命に会いに行ったのだ。

まずは、柴犬 の家に着いた。

犬が大好きな父も一緒に車を降りながら “ この犬は、吠えて吠えて、ちょっと怖いんや、気性が荒くてなぁ・・・” と言っていた。

躊躇して立ち止まっている父の驚く顔を想像しながら、柴犬がいる塀の中を覗くと、     彼女はそこにいなかった

小屋はあるけど、いつもあった餌と水の器ごと、そこに彼女はいなかった。

不安になって父に言うと、父が “ ちょっと聞いてみよう ” と言ってくれて、玄関に廻って玄関の戸を開けて “ すみませ~ん ” と中に声を掛けた。

私は少し後ろで、あのまま外で繋がれたまま亡くなったのでは・・・??とか、保健所に行ってしまったのでは・・・??と泣きそうなくらい不安で爪を噛んだ。

すると ・・・

 “ は~い ” という女性の声と共に、聞き覚えのある短い犬の吠える声 が家の中から聞こえた。

50代半ばの女性が、中から出てくると父が、私がここの犬にお別れを言いに来た旨を説明してくれ、それを聞きながら女性はとても嬉しそうに照れたように、

 “ ま~、そうなんですかぁ・・・今、連れてきます ” と言って奥に入っていった。

私は父に、興奮して嬉しくて、泣きそうになりながら “ 中に入れてもらったんやな、良かった、愛されとるんやな ” と独り言のように言っていると、

女性に抱かれた、いつもより随分小さく見える あの 柴犬 が出てきた。

女性が  を離すと、彼女は私に飛びついて挨拶に来てくれた。

隣で父が、女性にこの犬の話や、私とノーマンが近所に住んでいたことなど会話している、その間もずっと私は  と抱き合っていた。

私が尋ねると、女性は嬉しそうに目を細めて、“ 幸福の幸と書いて、こうちゃん って言うんですよ ” と教えてくれた。

          こうちゃんか、こうちゃんか、幸福のこうちゃんかぁ・・・。

また 幸ちゃん を抱き上げて、嬉しそうに頭を下げてくれた女性にお礼を言い、女性の顔を見上げる 幸ちゃん を見ながら玄関扉を閉める。

          こうちゃん、良かった、愛されてるんだ・・・。 
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               幸ちゃんとやっこ 幸ちゃんの家の前で

犬が苦手な母を車の残しそのまま歩いて、微笑が絶えない私と父は、次の 大きなゴールデンレトリバー のいるおうちへと向った。 
by yayoitt | 2006-07-01 20:24 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(4)
日本滞在紀 第十二章 やっこ、念願カラオケ
2年間待っていた!!

この瞬間を待っていた!!

大声で、思い切り、音楽にあわせて、歌う、カラオケ

大のカラオケ好きな私、看護婦時代は、夜勤明けに1人でカラオケボックスに入り、次から次へと曲を入れては、一番だけ歌ってみたりしたもの。

カラオケボックスのないこの国、CDやテープも余り持って来なかった。

毎朝、目覚めてパンツを よっこら とはく間に口から漏れる歌が、その日1日の歌になる。

そのまま、ノーマンを散歩に行くと、人通りのないところでは大きな声で歌う。

日本語で、しかも歌詞を覚えていないので適当に、歌う。

日本に帰る前には、朝の散歩中にいつも考えていた。

この歌、絶対に カラオケ で歌おう、あぁ、これも懐かしい、絶対に歌おう、おお、これどんな歌詞だったっけ、絶対 カラオケ で歌おう・・・。

日本滞在中に、結局は2回しか行かなかった カラオケ、1度目は元同僚2人と、そして帰国前々日に両親と真ん中の姉と4人で。

どちらも、飛騨高山にある同じカラオケボックスに行った。

元同僚2人は、いつも新しいお洒落な曲を知っていて歌うので、それに聞き惚れながら、“ ごめん!古いで! ” と謝りながら歌った。

それでも彼女達が おお~! っと驚く新しい曲も歌った。

 スマップ の Dear WOMAN  これは某女性に、日本帰国に向けて贈って頂いた曲だ。

他に歌った懐かしい曲は ・・・

 COCCO の 強く儚い者たち、 渡辺美里 の 恋したっていいじゃない
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 今井美樹 の 冬のマーケット、 うる星やつら の 主題歌 ラムのラブソング などなど
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3週間目、関空からの帰国の為 京都に行く前々日、74歳の父がタクシーの仕事を休んで、丸一日 家族で過す時間を作ってくれた。

母と、父と、真ん中の姉と4人で車で20分ほどの高山市に行き、幾つかお店を廻った。

お店では、いつもそうであるように、父が時間を持て余し、私と姉は 必死に 商品を見、傍らでやはり一生懸命に見ている母が、“ やっこ、これはどうや? これは嫌いか? ” と尋ねる。

その度、100発98中 で “ あ~、それは好きじゃないなぁ・・・ ” と私や姉は答えると、母はちょっともの悲しそうに首を傾げる。

ホテルのバイキングでお昼を食べると、時間を持て余した。
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父は、私の為に特別に何か、と思ってくれていたようだが、こうして以前のように普通の休日を4人で過せるのが一番と幸せな気がした。

私の案で、4人で カラオケ に行くことにした。

母が好んで歌うのは シャンソン で、越路吹雪
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愛の賛歌 や ろくでなし など歌い続ける。

時には、“ うっかり ” と言いながら2曲連続で入っていることもあるから、怪しい。

父は、“ 私バカよね~~♪ ” をこぶしを利かせて上手に歌うし、突如 およげタイヤキくん♪ の曲が聞こえたかと思うと父が歌いだす始末。

姉と私は、彼女が小学生の私とハモルため、必死に私を特訓した チャゲ&飛鳥 の 終章(エピローグ)や、ABBAカーペンターズ をハモッて歌った。

さすがに姉妹の声は似ているので ハモリ が ええ ♪♪

あっと言う間に数時間が経ち、夕暮れを北の町に向かい、帰って行った。

思い焦がれた カラオケ は、やっぱり 楽しかった!
by yayoitt | 2006-06-28 07:56 | 06 羽伸ばし日本旅行 | Comments(20)