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大の男だって、泣く
青空が急にまだらになり、サラサラと降る春の雨が窓を打つ午後。

夏時間になってから、夕方の6時近くはまだまだ明るい。

強い風に混じって、時折、濃いピンク色の花びらが目の前を飛んでいくのは、確かに桜だ。

建物の中はいつもと同じ、忙しく、バタバタと常にドアが開いたり閉まったりしている。

そんな、木曜の、午後。

MR. Lawson ローソン氏) が待合室に座っていた。

彼の足元には、舌をだらりと出して、荒く呼吸を続ける ゴールデンレトリバーの Max マックス) が、床に寝そべり、顔だけを持ち上げて ローソン氏 を見上げていた。
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マックス はもうじき13歳、ここ1ヶ月、下痢と嘔吐など繰り返し、内服治療をしていたが、調子の良い日もあれば悪い日もある、という状態を繰り返していた。

ローソン氏 は、前日、獣医と マックス に付いて話したいと電話を掛けてきて、獣医と長い話し合いをしていた。

予約時間の6時を少し過ぎて、待合室のドアが開き、獣医が ローソン氏  と マックス を招き入れた。

マックス は、苦しそうに重そうに身体を持ち上げて、ローソン氏 の前を、はーはー言いながら歩いて行った。

診察室に入る時に初めて、マックス が中に入るのを少し躊躇したが、ローソン氏 を見上げて、納得したように入って行った。

それから静かな時間が20分も流れてから、部屋のドアが開き、獣医が静かに出てきた。

私の顔を見て獣医は、“ やっこ、ローソン氏の準備ができたら、裏口から通してあげてくれ 

安楽死の後の飼い主には、人々や動物が待つ待合室を通らなくても済むように、そっと裏口から帰ってもらうのである。

そう言われて、半分開いたままの診察室のドアのこちら側で、そっと立って待ってみた。

ローソン氏 の姿は見えないけれど、小さくしゃくりあげる音、鼻をすする音が、時々聞こえていた。

彼は、1人っきりの部屋の中で、マックス の側を離れられないでいた。

そこに、大きなゴールデン色の マックス の身体はあるはずなのに、ローソン氏 の涙を舐める音や、尻尾を振る音は、聞こえてこなかった。

ただただ、ローソン氏 の、泣く音だけ...。

マックス の、真っ赤な首輪を握って、うつむきながら裏口から出て行った ローソン氏

12年間を共に暮らし、愛して、愛されて生きてきた マックス はこの時初めて、ローソン氏 の背中を見送れないお別れをした。

まだ温かい マックス のゴールデン色の毛が、ローソン氏 が通り抜けた裏口から入ってきた春風に、少しだけ、揺れた。
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          写真は全て、One Man and His Dog (ある男と彼の犬) 
by yayoitt | 2006-04-07 03:26 | 動物病院での出来事、仕事
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