愛すべくスコットランドのお話 ふたつめ
*** The Massacre of Glencoe ***  グレン渓谷の大虐殺

これを知らずには、現在のスコットランド人の優しさと悲しみを秘めた陽気さは語れない、というお話。

グレン渓谷(Glencoe グレンコー)はスコットランドの北(ハイランド)にあり、この国を訪れる人々の旅のハイライトにもなっている。

Three Sisters(3姉妹)と呼ばれる3つの大きなピークを目の前に、なだらかなハイウエイが続いているので、レンタカーを借りてドライブすると最高だ。

この、美しくも、なにか寂しげな風景に誰もが心を奪われるが、そこには、こんな哀しい歴史が残されていることを知ると、その寂しげな風景の理由付けができるかも知れない。

この、グレンコー大虐殺は、失われた命の数は多くはないものの、どういう背景でどのように行われたかが残酷であるとして、人々の心に残っている。

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1691年、ウイリアム王3世(オレンジ公ウイリアム)は、以前スコットランド出身であった王(ジェームス)を支持する勢力(ジャコバイツ=ラテン語でジェームズの意)の復活を恐れ、スコットランドの氏族に向けて、おふれを出した。

1692年の1月1日までに、ウイリアム王へ忠誠を誓う書を提出するようにというもの。

真冬のハイランドから、宣誓書を提出に向ったマクドナルド氏は、フォートウイリアムズ(ハイランドの町の名前)に到着したのが既に12月31日。

雪と道の困難さ、また、官庁長官の不在と重なり、結局1692年1月6日に書の提出をした。

マクドナルド氏は、それでも、もちろん彼の宣誓書は受理されたものと思い、マクドナルド一族が待つグレンコーへと帰って行った。

オレンジ公ウイリアムは、とにかく、他のジャコバイツに、自分の威力を見せ付けるよいチャンスと考え、このマクドナルド氏族を罰することを決定。

同じスコットランドは、グレンリオンにいるキャンプベル(彼等は政府支持による兵力を保持していた)に命令を下す。

キャンプベル達、128名の兵士は、マクドナルド一族のもとへ尋ねるが、その目的は秘密にしていた。。

このキャンプベル達がまさか、ウイリアム公から送られてきたとは思いもしない彼らは、この兵士達に、真冬の食べ物の不足している時にもかかわらず、食事、水、ベッド、暖を与え、丁重に彼らの滞在に協力する。

キャンプベルの兵士達は、12日間に渡ってマクドナルド氏族のもとに滞在をした。

そして、2月13日の早朝、12日間 それまで彼らの衣食住をせっせとまかなってくれた、マクドナルド一族を38人、雪の積もった丘を逃げ惑う中、虐殺したのだ。

イギリス王の命令とはいえ、これほど、自分達を暖かく迎えてくれた人を、とても殺せはしないと、キャンプベルの兵士の中には、マクドナルドの人々を隠れて逃げさせた者もいた。

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ここには、スコットランド人の心の温かさ、特に、他人であっても丁重に親切にもてなす、国柄がベースになっている。

人を信じる、信用、信頼、というのが、スコットランド人の誇りでもあるからだ。
by yayoitt | 2004-09-02 20:43 | スコットランドって... | Comments(0)
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