母と娘の第二次世界大戦
一番上の姉が、終戦記念日に思いを馳せて …

こんな文章を書いていた

今日は終戦から72年。
私の母は73年前第二次世界大戦で父親をブーゲンビル島で亡くした。
戦死である。
母は7歳で子守りをして口減らし(その家でご飯をいただくこと)をし、
4人いた兄弟の一番下はお腹の中だった。
その後3歳と5歳の妹と弟は里子に出された。
母の母(私のおばあちゃん)は小さい我が子を隠れて見にいき
地面を叩いて号泣していたという。
一つのみかんを兄弟で分けて食べ、
母の母は、みかんの皮を匂いでがまんしたという。
母は小さい頃の子守りで赤ちゃんをおんぶしていた事により、
今だに肺が弱くすぐ肺炎をおこす。
母の母は重たい着物の行商で背中が丸く縮んでいたのを、
私も覚えている。
2年前、孫たちへの証言という本に母の戦争体験が載り、
夏休みには娘や孫に読んでもらおうとしていました。
今朝、娘に電話すると奥で泣きじゃくる声がして、聞くと、
孫がもうすぐ戦争が始まるのではないかと泣いているのだという。
テレビで連日北朝鮮との不安なニュースが流れ、怖くなってしまったのだ。
子どもはとってもピュアだ。
そして戦争があると犠牲になるのも、こんなピュアで若い命だ。
広島の原爆にはピカ、という言い方とピカドンとがある。
ピカは爆心地に近くて、ピカっと光った瞬間に溶けて焦げて亡くなったため、
ドンは聞こえなかったのだという。初めて知った。
今日は不安で泣きじゃくる孫に戦争の話しはやめておこうと思う ??
けれど、何らかの形で語り伝えなければ、と思う。
母も一生懸命伝えてきたが、風邪をひいたり
膝が痛かったりして大変になってきた。
戦争体験者がどんどん少なくなって、忘れられてはいけないと、
思う、今日でした。

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ちなみに、忘れてはならないことがもう一つある。

とても大切なこと。

私たちの祖父の戦死の理由はこうである。

彼は兵隊として送られたブーゲンビリア島で

病気になり、同じ日本兵たちの手によって

足手まといになっては困ると、海に生きたまま

放り投げられたのである。

それでも 戦死 と一言で、70年近くも

葬られていた。
by yayoitt | 2017-08-16 02:47 | 遠くにて思う日本 | Comments(4)
Commented by ちょん子 at 2017-08-17 15:22 x
平和ボケでもいい!
世界中から戦争が消えて欲しい。
勝っても負けても、悲惨です。
動物の世界の様に、戦争なんかなくなれば・・・
祈りです。
Commented by coco at 2017-08-18 11:21 x
愛国心と戦争。

友人のキムさんは大好きだけど、韓国人の日本に対する執拗な日本たたきにはへきへきする。
大好きだった韓国旅行にも行かない。

とてもおかしな感情です。

こんな感情が戦争へと向かわせる一因でもあるのではないでしょうか。

バルセロナで起こったテロも
知らない人だから殺せるのでしょうか。
道行く人々にそれぞれに愛する人がいてこれからも続いていくだろう人生を感じないから殺せる。

そして一瞬にしてささやかに生きる市井の人々を孤児にし、母子家庭にする戦争。


国際交流は大切ですね。
小さな一歩から。
私に出来ることから。

Commented by yayoitt at 2017-08-20 04:27
ちょん子さん

平和ボケは、それはとても幸せなことなんですよね。
平和ボケで何が悪い! と言いたいくらいです。
みなが平和でボケてくれて良い世界になって欲しい。

動物の中で、文字通り、生きるためだけではなく他の欲の為に
他の命と戦ったり殺めたりするには、愚かな種、人間だけですよね。
Commented by yayoitt at 2017-08-20 04:34
coco さん

韓国の方々は、被害者としての苦しみを絶対に忘れない。
日本の私たちは、加害者としての罪を、
過ぎたこととして、もしくわ、なかったなどとも
言う人もいて、過去を認めることすらしない。
けれども、被害者としての日本のことだけは
世界に訴えて行く …
私はそういう風に感じています。
大二戦犯国の、日本とドイツ。
大きな違いは … ドイツは過去に自分たちが
行ったことを認めて謝罪している。
日本は、していない。

そんなところに、今もなお、日本に対する憎しみを
抱え続ける国々と人々がいるのではと思います。

嫌悪という気持ちは、簡単に生まれ、簡単に増殖します。
そして形を変え、取り返しのつかない方向へと向かえる。

個人として知り合う人と人。
そんな思いで、どの国も、どの宗教の人々との
出会いも、感じ合えれば良いのに …。
人間は実に、愚かで弱く、残酷なものです。

Cocoさん、ありがとうございます。
本当に小さな一歩、できることから。
それが大切ですよね。
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