銭湯に初めてシャワーが来た日
昭和50年の初め。

家に風呂のなかった我が家。

毎晩ではなく、2日もしくわ3日に一度、銭湯に行っていた。

銭湯は、人口2万弱の町に4件あった。

小さな田舎町の中央に位置する我が家は …

銭湯まで、歩いて一分もかからなかった。

 四水湯 という名の、その銭湯。

小学校に入るまではいつも、母や姉と行った。

洗い場は全部で12ほど。

誰もが背中を湯船に向け …

ケロリンの黄色い桶に
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赤と青の蛇口からの熱湯と水の温度を調節して

髪を洗ったり、体を流したりした。

子供には、その熱湯が危なっかしく怖かった。

だから、タイルの床に仰向けになり

頭を母の膝の上に置いて、髪を洗ってもらった。

時々、父と男湯に入っても、同じように髪を洗ってもらった。

父の股座(またぐら)に頭を任せると …

彼の一物が後頭部に当たって、可笑しかった。

私が、そんな風にして親や姉たちに甘えて銭湯に通っていた、ある夜。

それぞれの洗い場に、シャワーが取り付けられていた。

見たことすらなかったもので。

その名の響きは、外国染みていて。

調節したお湯が、雨のようになって降るのであるから。

それは私にとって、とても大きな出来事だった。

そのシャワーは、頭の部分だけが壁から飛び出した形の物で。
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その翌年には、管がくっ付き、自由に持てるようになっていた。

あの頃の日本 …

いろんなことが、目まぐるしく変わりつつあった。

その時代を、目を丸くして、口を開けて見続けた子供。

それは驚きと、悦びと、戸惑い、そして感激の連続だった。
by yayoitt | 2017-07-31 05:12 | 思い出 | Comments(2)
Commented by chocorachocora at 2017-08-01 16:47
懐かしいね。
我が家は敷地内の本家のお風呂に入っていたけど、
銭湯にも何度か行ったことがあるよ。
蛇口が、回すのではなくてレバーになっていて、
傾けるとびっくりするくらい勢いよくお湯が出て来てドキドキした記憶があるよ。
本家のお風呂は練炭で沸かしていたよ。

今はボタン一つでお湯が出て、予めセットしていた温度でお湯が張られて、良いくらいの量になると勝手に止まって
「お風呂のお湯がはいりました~♪」って音楽と共に教えてくれる・・・・こんな生活、当時想像もしなかった未来都市みたいね。
そのお風呂の自動のリモコンシステムをヨォーが開発しているって言うのもなんか不思議な感じ。
Commented by yayoitt at 2017-08-02 03:57
Maama

Maama のおうちのお風呂は、練炭で炊いてたんだね。
あぁ、なんて古き良き時代なんだろう。
うちにも、お風呂があったらしいけれど、
私が子供の頃には、五右衛門風呂の跡しかなくて
新しくは風呂を設置しないでいたみたい。
私が高校生になるくらいに、お風呂ができたよ。

レバーの、うんうん、わかるわかる。
うちの銭湯は、押す式だったよ。
で、押したら数秒、出続けるやつだった。

本当にね、今のそれぞれのおうちのお風呂って
凄いよね、なんと、そのリモコンシステム開発に、
ヨォ~くん、関わっているんだ!!!!

凄いいいいいいいいいい! 

なんだか、感慨深いよおおおお。

ヨォ~くんの声で、湯が沸いたのを知らせてくれるように
してって、頼んでみては?? うふふ 
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