たった数分の出会いではあるが、靴屋に勤め始めてから、色々な人間模様、人生模様を、
そこに来たお客さんに見るようになった。多分、客商売の人は、皆、同じ様な経験をしているのではないだろうか。看護婦をしている時には、それが見えすぎて、悲しくなったり、辛くなって、嫌になったものだ。看護婦の仕事柄、患者さんからの言葉、目で見た観察だけでなく、カルテという、詳しいバックグラウンドを、知ってしまうからだ。他人(ひと)との出逢いが、そのドアを開けた時に、始まる。 ♪チーン♪ 髪を赤く染めた40代前半の女性、数ヶ月前にDr.Martensの靴を一足買ったが、今回は、窓に飾られた、この秋新作の、Dr.Martensのブーツを買いに来た。今年の夏が終わる頃、ファッション雑誌に、“足元だけは、ギリギリまで、覆い隠さずに、サンダルでいるのがポイント”とあった。彼女は、11月始めの来店の時、新たにピンクに染めた髪に良く似合う、高価そうなピンクのコートをまとい、黒いスマートなパンツに、足元だけは、ヒールのあるサンダルだった。彼女の家には、きっと、60足もの靴と、大きな鏡が各部屋にあるに違いない。 ♪チーン♪ 入ってくると同時に笑顔、私が声をかけるか否か、その日焼けした優しい笑顔の彼が言う。 “元気?お店は、忙しいの?”もちろん、面識は一切ない。髪はヒッピー風、首の辺りには、サーフィンを連想させる、エキゾチックな手作りのネックレース。オーストラリア訛りの英語を聞かなくても、それとなく、オーストラリア人を知れる。セーフティーブーツ(爪先にスチールが入った、仕事用のブーツ)が欲しいと言う。セーフティーブーツは、ピンから切りで、一番やすい物で£20(4千円)、これが見た目が悪く、硬い皮で覆われ、靴底もとっても基本的、一番高い物で£100(2万円)、TIMBERLAND(日本でも人気があるブランド靴)である。彼は笑顔で照れる感じもなく、ためらいなく、一番安い、その黒い塊(かたまり)を差して、“サイズ9ある?”と聞く。試着中、椅子にかけて、半袖からスラッと伸ばした腕に、東西南北を示す絵柄のタトゥーが見える。彼が言う。“仕事の為に、高いお金払いたくないからね。” オーストラリアから、ヨーロッパを旅しがてら、お金が尽きると肉体労働をして稼ぎ、バックパッカーズに宿泊し、この国にいたいだけいた後、東ヨーロッパを巡り、ロシアを冒険するんだろうな、そして、赤の広場の前に立ち、ちょっと身震いしながらも、サラッと笑って立ち去るのだろう。 ♪チーン♪ 厳格そうな母親と、ニコリともしない父親が先に店に入る。その後ろを、黒の革の引きずりそうに長いジャケットに身をくるんだ、15歳くらいの男の子が黙ったまま歩いている。Dr.Martensの、14ホールの長いブーツにチラッと目を向けるが、すぐにそのまま、店の中央の椅子に、大きな音を立てて、ドサッと座る。母親と父親は、無口に、時々小声で喋りながら、アーミーブーツ、そして、店全体を見て廻る。椅子に座って、両親の方に背を向けたままの息子に、母親が、丁寧な口調で聞く。“あなたが欲しいって言ってたのは、そのブーツなの?” 息子が、少し肩をすぼめて、“別に”とでも言わんばかり。大きな溜め息の後、一言も口を開かずに、14ホールのDr.Martensの赤いブーツを、だるそうに指差す。そして、丁寧に母親が私に聞く。“この、サイズ10は、あるかしら?”息子が、やはり気だるそうに、仕方なさそうに試着する。いいとも悪いとも言わず、母親に少し頷(うなづ)いて見せて、母親は、息子の脱ぎ捨てたブーツを手に取り、私に渡し、父親が後ろで黙って、妻の手元を眺める中、ゴールドのカードで支払いする。£69.9(約14,000円)のブーツの入った袋を、母親が手に取ろうとしたので、私はすかざず、後ろで、宙を眺めて貧乏揺すりしている息子に、“はい”と渡す。 母親は、後ろの息子を振り返り、息子は、仕方なさそうに、その袋を手に取る。裕福な一戸建ての家のリビング、そのファイヤープレース(暖炉)には、息子の子供の頃の写真が飾られているが、実際に、背丈ばかり大きくなった息子は、ほとんどリビングで過ごすことはなく、キッチンの冷蔵庫からコークを取り出し、乱暴に閉め、すぐに自分の部屋へと閉じこもる。クリスマスには、プレゼントはお金がいいと言うくせに、うるさい祖父母が来るからと、似たような考えの友人と外をただ歩いてみたりするのだろう。 ♪チーン♪ 太った母親と、にぎやかに、乱暴な口調で喋り続ける女の子達4人。母親は、暑くもないのに汗をかき、一番大きな娘を催促する。一番大きな、痩せて薄着の女の子が聞く。 “この子が、ケデッツ(英国アーミーの、子供様のトレーニングコース)に入るんだけど。” 黒髪がベタッと顔に張り付いた、笑顔のない10歳くらいの女の子を指差しながら。私が、ケデッツ仕様のアーミーブーツを3種類示すと、一番安いのを手にして、“これのサイズ4ある?”3人の女の子が見守る中、必死に、長い黒紐を締め上げる女の子。“歩ってみなきゃわからんでしょう?”と、誰かに乱暴に言われ、うつむいたまま、2つある鏡の間を、行ったり来たりする。母親は、汗をかいたまま、財布を取り出し、お金の勘定をする。大きな女の子の支持で靴を脱いだ小さな女の子が、自ら、私の手元に靴を持ってきて言う。“これ、ください。” 他、3人の女の子は、“じゃぁ、**で待ってるから、いい?”と言い、店を出て行く。汗っかきの母親の、汗ばんだ手から、折り曲げられたり、伸ばしたりされた4枚の紙幣が渡される。 “£34.99で、はい、£35ね。1ペニーの、おつりです。”母親は焦るように店を出、その後ろを、にこりとも笑わなかった小さな女の子が、ありがとう、と言って出て行った。失業保険で、4人の娘を育て、父親も母親も、あいにく長期間の仕事には就けず、それでも、娘は自立心が強く、乱暴だけど、リビングには誰かの叫ぶ声、笑う声、怒る声が絶えない。肉体労働の父親は、怒鳴りつけるし、母親は、うるさいとヒステリーになりながらも、今年のクリスマスには、奮発してプレゼントを買い集め、リビングに飾られたナイロン製のツリーの周りは、にぎやかに金色や赤い紙で包まれたプレゼントが並ぶ。騒がしくても、子供達がいないと、すぐに涙してしまうような、父親と母親。来年頃は、一番上の女の子が妊娠し、子供を生むかもしれない。10代と若くして、その赤ん坊の父親はいないけど、彼女の汗っかきの母親は、おばあちゃんになったことを、逢う人みんなに、言って廻るのだろう。 私が見る人生模様、そこから想像する人生模様、この人達、1人1人に、それでも、笑顔と夢のある、クリスマスが来ることを願いたい。
by yayoitt
| 2004-11-29 00:38
| 英国暮らしって...
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