ICELAND “FREE WILLY と けいこ”
アイスランドの旅も終盤に入り、私がこの旅のハイライトとして楽しみにしていた日がやってきた。

船に乗っての鯨を見るツアーで、このツアーは、アイスランドの至る所で行われている(それだけ周りには鯨が多い)が、私達は特に知名度の高い、鯨博物館を構えるツアーに参加する為、北の街は HUSAVIK フサヴィック という、私達の宿泊していたアクレイリから、ローカルのバスで1時間半くらいの場所へ向かった。それまで晴天続きだったのが、初めて天候が崩れて、朝から白い空から吹雪いていた。

その小さな人気のない港町に着くと、まず鯨博物館へ出掛けた、オフシーズンの1日1回のツアーの時間までにはまだ3時間もあったのだ。人気のない寂しい港町に似合った、決して豪華な作りではない建物の中はしかし、驚くような素晴らしい内容の博物館だった。博物館の始まりは、あるアイスランダ-男性(その時40歳)が、それまでしていた仕事を辞めて、ずっとやりたいと思っていた、鯨保護と、鯨を人々に理解してもらいたい、という思いからここを建てたのだそうだ。中には、浜に打ち上げられて死んだ様々な鯨の骨を使った、原寸大の鯨の骨組みが天井から下がり、一つ一つの鯨についての特徴、性格、詳細を説明してあった。

性格は読むに面白くて、ある鯨はシャイなのに、ある鯨はフレンドリー、またある鯨は遊びたがりなのに飽きっぽい、など。

アイスランドでは、日本と同じように今も捕鯨をするが、昔のように食用とすることが殆どなくなった。捕鯨された鯨の肉は殆ど、何と、日本へ送られているのだ。世界的に、捕鯨を廃止しようと強い運動が広がる中、まだ捕鯨を続ける幾つかの国、特によく知られるのが日本。だが、日本は調査と称しながらも、やはり、捕鯨は日本の文化だから止められない、と言って鯨を食べよう、という運動まである。これは場内のビデオで日本の捕鯨の現実、という形で流されていて、とても興味深かった。そのビデオの中で、ある北海道の元捕鯨船長だった男性が、現在は鯨を守ろうと、アイスランドと同じ船で鯨を見るツアーをしている姿を映していた。

思わず、涙が出た。

また、このビデオを見る隣の部屋には、あるオルカ(Killer Whale)の生涯がビデオで流されていた。

映画 ‘FREE WILLY’ のあの鯨、‘けいこ’ の話である。

ケイコ は日本名で、でもケイコはオスの鯨だった。噂には聞いていたが、なかなか生き物を対象にした切ない映画を見る勇気のない私は、一度もこの映画を見たことはない。だがそこで、思いがけず、このケイコのビデオを生涯を知ることが出来て、とても嬉しかった。50分くらいあるビデオを人がいないのを確認して、立ったまま見終わった時、ケイコ...複雑な思いに涙がしばらく止まらなかった。しかしここで日本との関わりを、捕鯨以外で出会えるとは少し驚きだった。

      *** ケイコの生涯 ***

ケイコは1977年又は78年、アイスランド近くの大西洋で生まれ、まだ赤ちゃんの頃に母親の下から人間の手によって連れ去られ、79年アイスランドのSaedyrasfnid水族館に連れてこられた。

1982年、カナダはオンタリオの Marineland に売られ、お客に見せる為のトレーニングとパフォーマンスの練習の日々が始まった。この頃、彼の皮膚の病変が現れ始めた。

1985年、Marineland は彼を Reino Aventura というメキシコシティーのアミューズメントパークに$350,000で売り、そこで8年間を、彼は狭すぎい水槽の中で、鯨にはあったかすぎる水の中で暮らした。この苦渋の環境が、彼の皮膚病を悪化させ、背びれはすっかり曲がってしまうことになった。この曲がった背びれは、捕獲された鯨に見られる症状で、充分な運動が出来ないことが原因で起きる。

1992年、ここで 映画FREE WILLY の撮影が行われ、その物語はケイコ自身のその時の状況(ある男の子が狭いタンクの中で暮らす鯨と友達になり、その鯨を海への壁を飛び越えるように誘導して行く、彼を救う話)と同じで、映画が公開されてから、ケイコのメキシコ人オーナーに対して、世界中から、ケイコに対しての生活環境をもっとよくしてあげてくれ、という運動と説得が続き、この映画の鯨の自由をケイコにあげて欲しい、との強い声が集った。

1996年、ケイコはオレゴンの水族館に移され、もっと大きな、自然の海の水の水槽に入れられた。そして、自然に生きていれば起きることもなかった彼の皮膚病への治療、それと同時に、自然の彼と同じ年の鯨と同じくらいまで体重を増やせる努力が始まった。1997年には彼の皮膚は綺麗になり、生きた魚が彼の水槽に入れられ、自分で魚を捕るということを学ばせ始めた。始め彼は、魚を食べる代わりに、彼のトレーナーのところに魚を集めて持って来たそうだ。8月に初めて自分で魚を捕って食べたケイコ、翌年の6月には体重も目標体重近くまで増え、98年に北の大西洋にある囲いの中に彼を移す目標を立てられた。

1998年、飛行機にてアイスランドまで運ばれたケイコ、最初は比較的狭い海の囲いの中で海の魚と共に過ごし、ゆっくりと時間をかけて徐々に大きなスペースへと移されていった。また、自然の海での生活を20年以上もしていなかったケイコは、パフォーマンスのトリックの為ではなく、自然の海の波を泳ぐことを学んでいった。波の音、水の音、他の生物の音...コンクリートに響く音でもなく、観客の声でもない。

2002年、7月、ケイコは開かれた太西洋へ放たれた。

2003年 12月12日、ケイコは肺炎で亡くなるまでの、たった一瞬の自由だった。
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by yayoitt | 2005-06-03 01:18 | 愛する動物のこと | Comments(3)
Commented by ミミのパパ at 2005-06-04 19:01 x
やっこさんご無沙汰~!
迷子犬の協力と本のことありがとうね(*^^*)
アイスランドから帰国してからのシリーズも
こっそり楽しく読ませてもらってます。
日本だとあまり人と触れ合う旅って・・・どうなんだろ?
私だけじゃないと思うけど少ないですよね~。
アイスランドって本当にいい国なんですね(^^)
そうそう、フリー・ウイリー見ましたけどハッピーエンドだったような!?
モデルのケイコは一瞬の自由だったんですね。
短くても水族館よりは密度の濃い時間になったかな?
Commented by やっこ at 2005-06-05 19:07 x
早く迷子のワンちゃん、おうちが見つかりますように、そして、こういうかわいそうなワンコが一日でも早く新しい、または元のおうちに帰れますように!!アイスランドはめっちゃ良いとこでした。今思うと夢だった??って感じがするくらい。ケイコの話は、辛かったけど、そこに降り注いだ人々の愛情と努力に胸を打たれました。
Commented by kworca at 2006-05-11 15:46
やっこさ〜ん、ヤバイわ… トラックバックしようとして何か変な事しちゃったみたいです。…>_<…
削除って下さ〜い
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