人を、動物や鳥を、木々や花を、山や空を …
尊い友を思い出す。

苦しみ、悲しみ、寂しさを抱えている彼女が …

届けてくれたものが伝えてくれる。

聖アントニオ と 聖フランチェスコ のことを思ってみる。
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聖アントニオ といえば、イタリアのパドヴァに大きな教会がある。

彼は、パドヴァの大学で医学を学んで、医師になったのだそうだ。

医師になり、そして司祭となり、精神的に苦しむ人々を助けようと志した。

彼の言葉のひとつ。

   神の命令というのは難しい
   まったく骨が折れるように思えるのだが
   そこに愛があれば、容易くなるのである
   進む道はけわしくて
   進んで行く力が、気力がないときであっても
   勇気をふるいしぼって進むのであれば
   いつか、栄光に達することができるのである


生きる道に例えても良いのだろう。

進んでいく気力がないときでも、勇気を持って進めれば …

いつか、栄光(幸せ 光 くぐり出たトンネルの日差し)に達する。

聖フランチェスコ は、アッシジの聖人としても有名である。

彼が描かれた絵の中には、鳥や動物たちが描かれるものが多い。
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彼は 

 イエスキリストは 規則を愛せよ とは言わなかった
 人間を愛せよ と、動物や鳥、木々や花、山や空を愛せよ 
 と言ったのだ
 

と語ったのだ。

彼は、とても福音的な雰囲気を持っていたのだという。

その独特な雰囲気は、大自然の中で育まれたと言えるかも知れないと。

彼の慰めであり、尊い友であったのは 大自然 だったのだと。

彼は、このようなことを言っていたのだという。

 キリストは、自然を、こういうふうに眺めていたに違いない
 だから自分も、同じ視点から眺めよう
 

詩人としても名高い、聖フランチェスコの詩の中から …
 

 小鳥への説教

 小鳥よ
 あなたたちは、すばらしい衣服をまとっている
 わたしなんかは、古びた修道服を着ているが
 これであっても、自分で手に入れたもの
 ところが、あなたたちの衣服は
 自分で手配したものでもない
 あなたたちは透明な美しい声で鳴く
 しかしそれも、良い声になろうとなったわけではない
 すべて、神様がくださったものなのだ
 素直なあなたたちには、大きな恵みがある


そして、平和の祈り の一部から。

 主よ、わたしに求めさせてください
 慰められるよりも慰めることを
 理解されるよりも理解することを
 愛されるよりも愛することを

 人は自分を捨ててこそ、それを受け
 自分を忘れてこそ、自分を見いだし
 赦してこそ赦され
 死んでこそ永遠の命に復活するからです

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友よ …

見守っています。




 
by yayoitt | 2011-03-04 03:39 | 愛する動物のこと | Comments(6)
Commented by なるみ at 2011-03-06 08:01 x
保育の学校に行っていた時にキリスト教の学校だったんですが、いろいろなことを宗教学の中で学びました。普段も教会に通って聖書を通していろいろなことを教えて頂きましたが、宗教という枠を超えて、自分の身になることが多かったのを思い出します。
今回も、とても良いお話ありがとうございました。

やっこさんのお友達、こんな素敵なことを教えてくださったんですね。
Commented by kep at 2011-03-06 18:00 x
読んで なんだか 涙ぐんでしまいました 
なんでだろう... 緑色の文章です
そして 最低だった 気持ちが  少し 軽くなったような...私も もっと読んでみたいです(日本語で...)
なんていう本ですか?
Commented by coco at 2011-03-06 21:28 x
フランチェスカのように生きる事ができるなら・・・。
それは素晴らしい事。
清貧に生きれれば悩む事も少ないかもしれません・・・。

でも、でも、市井の人には難しい。
でもそうありたいと願う事。
それは大切なことだと思う・・・。

ある人がイエス様に言いました。
イエス様、あなたはどんな時も私のそばに付き添い一緒に歩いてくださっていました。
でも、本当にとても苦しくてどうしようもない時、あなたはどこにいたのですか。私一人の足跡しかありません。

私は貴女が一番苦しい時にあなたを背負って歩いていたのです。

人生には大変で苦しい時があります。
でも誰にでも本当はだれかの支えがあるんですね。

やっこちゃんもきっとお友達の支えになっていると思います。



Commented by yayoitt at 2011-03-07 01:35
なるみさん

学校で、宗教のことを学ばれたんですね。
そう、宗教は、純粋な心であれば、人間の欲が加わらなければ
それはなんて素晴らしい、心の支えになるのかと思いますね。

… 宗教という枠を超え自分の身になる

そういう意味で、この言葉の意味が、とてもよくわかります。

なるみさん、とても素晴らしい体験をされてますね。
友人からは、この、2人の聖人が裏表に描かれたメダイを
贈ってもらったのです。

そこから、こうして、知ることがあって、とても感謝です。
なるみさん、ありがとうね!! 
Commented by yayoitt at 2011-03-07 01:41
kep さん

読んで下さり、感じて下さり、本当に嬉しいです。
この言葉に、宗教というものをはるかに越えた、何かを
感じますよね …。

最低な気分だったのですか …。
そういう日々、あります。
これ以上、落ちることはない、と思うほどに気持ちが
沈む日が、あるものです。
それは、容易ではなく、けれど、いつか越えていく。

聖フランチェスコの言葉が紹介されている本は、
きっと沢山、あると思います。

私は、本ではなく、友から、メダイを贈って頂いたのです。
メダイの裏と表に、この2人の聖人の絵が描かれていたこと
から、今回、こうして、2人の言葉を知りました。

Kepさん。
大丈夫です。
最低と思える日々も、未来の何かに必ず、繋がっています。
その、感情を含む経験こそが、貴重なのだと …。
Commented by yayoitt at 2011-03-07 01:47
coco さん

この度、フランチェスカのことを詳しく知る機会が
与えられて、私も、彼のように … と思いました。

しかし、これだけの現代社会の中で、彼のように生きるのは
もちろん、その当時であっても、安易ではないですよね。
けれど、思いは、そう持てるはずですよね。

… 清貧に生きる

この言葉が胸に突き刺さります。

あぁ、その話、わたしも何度か聞かされました。
母が、この話を語るときに、必ず、涙声になるのです。

誰にでも、本当は誰かの支えがある …

自分ひとりで、ずっと生きてきたように思ってしまう、
ことに孤独を感じる時は、尚更 …。

そんなときだからこそ、思い出したいですね。

私は、友の傍にも居られないし、言葉も掛けられなかった。
相手には知られずに、祈ることしかできないことも。

Cocoさん。
本当に、ありがとうございます。

誰かが、いつも傍らに …。
ですね!!
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