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父と行った銭湯
私が高校を卒業した数年後まで、家には風呂がなかった。

戦中戦後の頃はあったが五右衛門風呂で、使われていなかった。

家を出て右に曲がり、国道41号線を渡ったところに、銭湯があった。

しすゆ という名前の銭湯だった。

漢字を覚えていないが、しは四、ゆは湯、すの漢字が思い出せない。

銭湯の番台には、その家の家族が代わる代わる座った。

ばあちゃん おばちゃん ねえちゃん 下のねえちゃん そして おじちゃん。

ばあちゃんもおばちゃんも、そして娘2人も物静かで。

こんばんわ ありがとう 勘定は ・・・ 子供にも、それ以外の言葉はかけない。

滅多になかったが、おじちゃんが番台にいると、子供ながらに恥かしかった。

おじちゃんから見えない所で、服を脱いだり着替えたりしたものだ。

ばあちゃん、おばちゃん、ねえちゃんたちは、いつもテレビを見ていた。

テレビを見て、時々、声をあげて笑った。

なのに、こんばんわと勘定は ・・・ しか言わないのが不思議だった。

 ねは明るい人なんだろうなぁ

などと思ったものだ。

この銭湯に、私は小学校に揚がる前まではいつも、父と行っていた。

もちろん、男風呂に入るのである。

保育園の近所の子供が、父親と風呂に来ている時などは、少し面食らった。

なんとなく 恥かしい と、感じていた。

父と入る風呂は、楽しかった。

長湯が好きではなかったから、きびきびと父は、洗い、流し、浸かった。

そして、湯船で、色々な話をして聞かせてくれた。

あいにく、その話がどんなものであったかの記憶は、持ち合わせていない。

父は、エメロンシャンプーで頭を洗ってくれた。
父と行った銭湯_c0027188_4341367.jpg

その頃、銭湯にはまだシャワーがなかった。

お湯も、蛇口が熱湯と水に分かれているので、桶を使わなくてはいけなかった。

ケロリンの黄色い桶で、お湯を汲んで洗い流すのだ。

座った状態で、エメロンシャンプーで髪をごいごいと洗ってくれると

父がタイルの上に胡坐をかき、私は、仰向けになって頭を父の股座に寝かせる。

そして、父が何度も湯を汲んでは、私の顔にかからないように湯をかけた。

痩せて力があって、男の父の股座は、ごつごつ、でこぼこしていて

置いた頭に、色んなものがあたって、居心地が悪かった。

熱い湯船に入るのは苦手で、いつも、父に水でうめてくれと頼んだ。

父を呼ぶ声がこだまするのが好きだった。

桶がタイルに当たる、コーンという潔い音が好きだった。
父と行った銭湯_c0027188_4345661.jpg

 あーりがとうー

と銭湯を出る時に見上げる、おばちゃんの顔がテレビを見たまま笑っていた。

銭湯から漏れる、温度、におい、音が好きだった。

濡れた髪から水が滴る首をねじって、父を覗く。

父が、それに気付いてか気付かぬままなのか、言う。

 やっこ、アイスクリームか

 うえーい やったー アイスクリームや

少しだけ遠回りして帰るのが、好きだった。

歩道橋で、よおいどん をするのが好きだった。

濃い青地に  の暖簾(のれん)が揺れる。

目を閉じると、聞こえてくるし、その光景は細かく思い描くことができる。

近所のおばちゃん、おじちゃんの顔、背中、傷跡。

もう、何年も前に しすゆ はなくなった。

最後に行ったのは、いつのことだっただろうか。

 かあちゃんとみこちゃん、まあちゃんと風呂に行く

と私が父に言った時、いったい、どんな気持ちだったのだろうか。

 パパ、やるか

 おうっ やるか

 うんっ やるぞ

 よしっ 

 よしっ

 よーおい

 よーおい

 どん

 どん 
by yayoitt | 2010-07-01 03:03 | 思い出
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