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それが怖いんだよ ・・・ ある男性の言葉 
動物病院の待合室。

Mr.R がやって来た。

8歳になるボーダーコリー Bess(べス) と一緒に。

椅子に座ると べス が横になって平たくなり Mr.R の靴の上に顎を乗せた。
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Mr.R は窓口にやってくると、大きく引き伸ばされた写真を差し出した。

 これ、どこだかわかるかい?

広島の原爆ドームの前で Mr.R が立っていた。

ジンジャー(赤毛)の彼は、少しだけ若かったけど。

 27年かな、27年前のだよ

Mr.R は、日本のことなど興味をもって、いつも色々な話をしてくれる。
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多分、60を過ぎたばかりだと思われる彼は べス のことを愛している。

どうしようもないほど、愛しているのだということは、見ていてわかる。

べス の話をしている時の Mr.R は幸せそうだ。

それなのに、なぜか少し、不安そうで寂しそうなのも知っている。

その理由が、私には、なんとなくわかっていた。
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べス を撫でながら ・・・

べス の青い目を見つめながら ・・・

Mr.R と べス の話をしていると、彼が言った。

 僕には、従弟が1人いるだけで、家族はいないんだ

 だから べス が僕のたった一人の家族なんだ


Mr.R の目は優しく、けれど少し寂しそうに べス を見ている。

私の知っている、彼の悲しげな微笑で。

 べス がいなくなったら ・・・ と考えてしまうよ
  
小さい溜息を吐くと、こう続けた。

 あぁ ・・・ でも、残念なことに犬の寿命は、人間のそれよりも短いんだよね

 それも、よく知っているんだけどね ・・・


彼の言葉の奥にある心の意味が、わかり過ぎる。

 Hard(難しい) ・・・ Really hardest part(最も難しい部分)

そんな風にしか、言葉は出てこなかった。

 うん、だから今を生きるんだよね

べス から目を上げて、私の顔を見る Mr.R 。

 そうですね、今と今日を生きるんですよね、一緒に ・・・  

そうして、短く視線を合わせ べス の頭に手を置き、私はオフィスに戻った。
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Mr.R は知っている。

誰よりも、知っている。

苦しいくらい、知っている。

決して回避できない現実があることを。

けれど、それに怯えて暮らすべきではないことも。

それなのに、愛する余りに考えてしまう。

いつの日か訪れる、愛する命との別れのことを。
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誰もが、愛する命を思うときに抱える不安であり、怯えである ・・・

けれど、それは決して1括り(ひとくくり)にはできない感情で ・・・

皆が同じなのではなく ・・・

誰かに出来るから、他の誰もが出来るとは限らず ・・・


Mr.R には、彼と べス だけの時間があり ・・・

一秒の積み重ねという莫大な歴史があり ・・・

唯一で、とてもプライベートな感情なのだ ・・・


Mr.R の不安げに光る瞳。

それはきっと、とても自然な正直なこと。

切ないけれど

とても自然な  

流れなのだろう。
by yayoitt | 2010-01-28 03:51 | 動物病院での出来事、仕事
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